セミナー実施報告|矯正歯科医・小児歯科医のためのRセミナー

8月18日(日)、19日(月)の報告

2019年8月25日

8月18日(日)・19日(月)

R セミナー研修会 報告

【 8/18 19 日曜 月曜 学理セミナー・実習・症例検討】

今回は学理が10時間、実習1時間、症例検討1時間の配分で進行。

とくに、②の「Decision making process」の講義は、Ricketts seminar以外で私は聴講したことがなく、その方法が、子どもらの進学就職やら細々した日常生活上の判断にも活用できる特徴があります。いわば普遍性のある意思決定の方法。

⑥⑦⑧⑨は、1990年のRicketts日本特別講演の主題です。「I’ve always been interested in the evolution. My guess is that it’s said anybody who doesn’t understand where things came from tends to repeat the failures.」と彼自身が明言したことからも、医療における歴史の断絶は大きな問題をはらみます。

⑥⑦⑧は、Bioprogressiveが生まれた背景を知るのにもとても便宜でしょう。原著は医療系大学の図書館で見つかります。講師がBioprogressiveに初めて触れたのは歯科大5年のとき偶然図書館で見かけたこの書籍。世の中には、凄い人がいるものだと驚きました。

① 長期成長予測法の復習 ― Ba-N平面は正中にあり、フランクフルト平面は左右外側の解剖学指標で決定する面であるために、Ba-N平面に対する関節窩の成長予測は難しく、さらに個体差が大きい特徴があります。口蓋平面、A点、歯列、軟組織の予測法を、別の切り口から解説し、日本人複数症例で実際の変化を検討しました。

② 矯正歯科臨床における治療指針決定の思考プロセス ― 認識に出すことの大切さ ― が強調されています。別言すれば「自分自身を分った気にさせない。」ソクラテスの「汝自身無知であることを知れ(究極の問題としては人は無知である)」と些か類似している感じもあります。不確実性はこの種の医療判断に限った問題ではなく、あらゆる社会事象につきまといます。そのような中で最終判断を慎重に下し、問題の所在と対策を列記することで、一度あたまの認識に出し、煮詰まってきた対応策をさらにPPF(Possibility, Practicality, Feasibility)の作業で絞り込んでゆく・・・そのような思考プロセスです。臨床者の成熟には欠くことのできない地道な作業ですが、それを自身の経験に照らして具体的に話をしてくれた臨床者は、私の知る限り、他の診療科ではいらしても、矯正歯科ではきわめて僅かなことが今さらながら不思議に思われます。

③ Modality selection ― *modality: 医学では類似した症状・徴候における薬剤の使用法。外交政治などでは手順や方法。一般には様式として特徴的な性質。診断、予後の予測、具体的な治療計画の立案、そして実際の処置に、個別的なModality, Phasing, Staging があることがBioprogressiveの特徴のひとつです。Step 1, 2 , 3の治療など存在しない、ということが前提です。

④ 顔面タイプ別のブラケットFormulas ― 治療前の歯列、顔面タイプによって上顎前歯のブラケットトルクを変えるのが望ましいのですが、惜しくも現在はこの個別化されたブラケットは市販されていません。上顎ユーティリティアーチで治療の中盤からトルクの調節をすればよいでしょう。

⑤ Mechancial science ― バンド・ブラケット・アーチワイヤー等々のデザインの進化の背景について論じました。何故そのような形になったのか? 何故その材質が採択されたのか? ― ものごとの由来を知れば知るほど、未来に向けた新素材・新技術の開発や活用が促されます。

⑥ 矯正歯科の歴史概論 Epoch Ⅰ― *Epoch: ある特色に彩られた時代。アングルによる科学的な意味における矯正臨床が成立する以前の歴史です。歯科大学はまだなかったので、医師の中で口腔領域の形態異常や機能異常に興味を抱いた人々が、物理療法を主体に経験則に基づいて治療を行っていました。1700年代中ごろから1900年初頭までです。

⑦ Epoch Ⅱ ― きわだつ活躍を成したのがアングルですが、そのほか様々な思想と、材料・技術の進歩が見られました。アングルの最大の貢献は、Rickettsの見解としてPrefablication ― 今日の我々もその恩恵に浴しているわけです。 

⑧ Epoch Ⅲ ― エッジワイズ法が1928年に完成しました。しかし、Full strap upをシステム的に行うことによって、たとえば1914年に報告され1916年には広く普及していた筈のリボンアーチを用いた下顎前歯intrusionの発想が薄らいだり、小臼歯Non-extractionで治療期間が3~6ヶ月という生物学上はあまりにも無茶な治療期間で歯だけを並べる治療が流行り、上下の歯列前突と医原病としての長顔化が問題となりました。初期のエッジワイズ法でははじめのワイヤーを使って治療を終える単純な術式でしたが、前上方へ傾ける下顎前歯の咬合干渉など、医原的な問題が少なからず見られました。それに気づいたツイードが登場し、小臼歯抜歯による治療へ大きく舵を切った時代です。反動が大きすぎたためか、いつしか「Orthopedicな変化を活用した成長概念」や「患者の個体差への配慮」、あるいは「装置と治療システムそのものがもつ制約と問題」が顧みられなくなったとも言えましょう。

⑨ Epoch Ⅳ ― Bioprogressiveの新時代です。上記の問題点をRickettsがひとつひとつ乗り越え、一大治療体系を築きました。残念なことに現代は、生物学的な思考や患者の個体差への配慮がかなりBioprogressive成立当初(彼のセミナーは1964年にスタート、概ねの基盤は1950年代後半成立)から、希薄になったように思えます。医療が自由経済競争に組み込まれ市場原理が支配する時代となって開業医療者に心的余裕がなくなってきたのは事実でしょう。材料と技術の進歩に目が眩むのは致し方ないにしても、機械的に手間暇かけずに歯を並べることへ傾いてきたのは危険な徴候だと個人的には考えています。いまでは歯列を直接スキャニングして技工所で3Dプリントし送られてきた装置を口に入れればよい、そんな誘惑に駆られるのは、時代の風潮でしょう。もしそれだけで済むのなら、初診患者数は一日30名でも可能ですが、生体はそのような注文には応えてくれません。

⑩ 微弱な力による侵襲性の低減対策 ― Rickettsの業績のひとつです。1950年代初頭にはふたりの基礎研究者の活躍がありました。ノルウェーのReitan、オーストラリアのStoreyです。StoreyとRicketts R. M.は親しく、他にも多くの示唆を受けた様子です。(例えば、Q/Hの作動様式。)

⑪ アンカレッジを見積もった治療 ― Bioprogressive以前は、アンカレッジを詳細に見積もり、それを具現するメカニズム、治療中にモニターする方法がありませんでした。というより治療を計画立案する当初からアンカレッジを見積もる必要性すら認識されていなかった節があります・・・治療はなるようにしかならないだろうと。

⑫ Vistas in Orthodontics(1964) ― 「Clinical research」の章はRickettsが草しました。Bioprogressiveが産声を上げたときと重なります。特徴として、セファロ、軟組織・呼吸・歯列の関係、Orthopedicな変化、顎関節などの複数の彼の論文が統括されていることです。個々の研究で業績を上げる人はいても、複数の研究を統括する人は稀です。全貌が俯瞰するように見え、各々の研究の焦点が最終的に一点に絞られ、かつそれが明確でなければこれはできません。

⑬ Bioprogressiveの“progression”の意味 ― 「脳は自分自身はわからない」最新の精神医学の成果です。Ricketts自身も、個別的に計画されたPhasingあるいはStagingされた、いわば段階的な最大非侵襲の治療を、先人らの業績を踏まえて変革していきながら、何故自分がそうなったか(プログレッションをせざるを得なかったか)を説明するとき、普段の講義と違って歯切れのよさを感じませんでした。彼亡き後、「分割ワイヤーがBioprogressiveだ」、「Ricketts分析法がBioprogressiveだ」、「段階的な治療手順に沿うべきだ」、「Quad helixとCervical tractionがBioprogressiveだ」、「ユーティリティアーチはBioprogressiveだ」といった意見の混乱も見られるようになりました。実はどの意見も特定の切り口から見れば正しいのです。が、惜しくも物事の一端を捉えているに過ぎない ― 我々矯正歯科の臨床家としては、Rickettsそのものを捉えるより他に、自分自身がプログレッションをしてゆく方法は無いのです。我々の仕事は個々の状況で刻々と変化して行く生体に対して適切な判断と処置を逐次選択して行くのですから‥‥。そうしないと、固定思考や決められた治療手順へ自分自身も患者さんも嵌め込みかねない。こんな「プログレッションの意味の誤認」に対して、彼は生前警鐘を鳴らしていました。

⑭ Cephalic typeと前後頭蓋底の個別的成長予測法 ― 蝶形骨大翼と対側の側頭骨錐体は、直線をなします(左右でちょうどX字)。そして関節窩は錐体のやや前に位置して後方外方へ向かうので、その成長も、X字のひらき具合と密接に関係します。経頭蓋法で撮影しなくても、個々の患者のX字のひらき具合は、Cephalic typeの観察で概ねの検討はつきます。頭蓋幅径が狭く前後に長くなっており、かつ後頭蓋基底がもともと長い症例では、関節窩はより大きく後方へ発育する傾向が伺えます。もっとわかりやすく考え、関節窩の位置がPorion locationと密接にかかわることから、治療前の小児でPolion location to PTVの値が大きいⅡ級症例では、下顎骨が平均の成長を保ったにせよⅡ級関係の改善は困難であると判断したりします。この種の臨床判断を、長期成長の関節窩の予測位置として記入します。

⑮ アンカレッジの階層的捉え方 ― 詳細は省きます。Rickettsは下記のように歯牙移動に抵抗する組織の段階を捉えていました。

[a] 歯根膜内の組織液、

[b] 歯根膜の伸張、

[c] Lamina dura、

[d] 海綿骨、

[e] 皮質骨。

さらにこれとは異なる切り口で臨床に直結するアンカレッジを、

[f] 筋肉、

[g] 口腔外牽引装置による固定強化、

[h] 成長に分類していました。

[f]を単純に「噛む力」と解し去ってはいけません。たしかに咬合斜面と日常のしっかりとした咬合がもたらす安定は固定源の保全にも繋がりますが、下唇のQuadratus inferior labiiの影響は計り知れません。[h]はさらに理解困難かもしれません。下顎の水平成長が旺盛な特長を有つ症例では、cervical tractionで上顎第二乳臼歯や第一大臼歯を保持しておく間に、下顎の成長でおのずとⅡ級関係の是正を図ることが出来る症例もあります。逆に、Facial axisを医原的に開大させてしまうとⅡ級関係の是正はきわめて困難な状況へ陥ります。その意味では、[h]はアンカレッジの均衡に影響する要素として見る方が自然ですし、臨床上も分かり易いのではないでしょうか。

⑯ ワイヤー操作で不可欠なTransformo anchorage ― 対義は「Proximal anchorage」。Transformo anchorageはアングルも臨床で多用していましたが、「全ての歯牙にブラケットを付けてエッジワイズ法で治す」概念が広まるにつれ、臨床者の思考のdrop outしてしまったようです。Transformo anchorageの技術が自在に使いこなせないと、Bioprogressiveの治療をしていても生体侵襲性は高まるので、注意を要します。

⑰ 皮質骨固定と下顎第二第三大臼歯の固定源としての活用 ― 症例検討。

⑱ Root rating scaleの活用と日本人への適用に際しての注意 ― 歯根が比較的長く咀嚼も嚥下もしっかりしている白人の標準値をそのまま日本人の臨床に採用することは控えるのが望ましいでしょう。力は、歯根の各部に対する圧力として扱います。上顎犬歯は75グラムで引けば良い、などと機械的な思考で治療を行うのはいささか問題です。歯根への圧力配分、皮質骨回避術の適用、対合歯と干渉回避、疼痛に対する個別的閾値、小臼歯なら大臼歯遠心移動に追従する自然な遠心移動が期待出来るの力を低める、といった最低限の知識を踏まえて、ループワイヤーのactivationやパワーチェーンの作動を行います。とくにsliding mechanicsで問題なのが、ブラケットスロットとワイヤーの間の摩擦です。工業分野で活用されているトライボロジーという学問は、矯正歯科治療の安全な施行にも参考となります。

⑲ 各種Sectional wire ベンディング実習

⑳ 下顎第三大臼歯の早期歯胚摘出と歯列変化 ― 症例検討

㉑ 下唇方形筋(Quadratus inferior labii)の活用 ― 症例検討

7月21日(日)・22日(月)の報告

2019年8月4日

 

7/21(日曜日)の講座内容

オープンバイトの治療に関して、(1) Bioprogressiveにおけるメカニカルなアプローチの特徴、(2) 遺伝因子、(3) 耳鼻科系疾患の参与と耳鼻咽喉科専門医による治療、(4) 家庭における療養対策、(5) R. M. Ricketts が考案した嚥下や咀嚼に関与する筋肉全般の理学療法について、症例を交えた解説が行われました。

不正咬合の原因は、多くの症例においてなんらかのかたちで筋肉の問題が関与しています。治療には多くの学派があり、個々の専門医の間でも意見の相違が見られるものですが、みごとに臨床上の見解が一致するのは「オープンバイトの治療は困難である」。外科矯正後の後戻りも程度の差こそあれなかなか免れません。その根底には、筋肉とそれを作動させる神経へのアプローチの難しさがあり、扁桃肥大やアデノイド、鼻粘膜のアレルギー性の肥厚が幼少期からあった場合は、舌咽頭口唇頬の筋肉が呼吸の問題へ“適応”してきた履歴性の強度、“染みつき”があって変更がままならないからです。筋肉と神経へのアプローチは、ちょうど、金槌(泳げない)の大人に、100メートルの個人メドレーの競泳を教える難しさと喩えてもよいかも知れません。

したがって、不正咬合の治療は、多かれ少なかれ、筋肉への対応でもあるわけです。微小な力は経時効果の蓄積には、絶大な影響を骨格や歯列へ及ぼすことが知られています。歯列を取り巻く口唇・頬筋といった表情筋は、神経支配は別であっても舌と咽頭の筋肉と連動して作動し、歯列の状態の維持に寄与しています。口唇の分類と機能に関しては、5月に概説しましたので、今回は、舌の機能と位置に着目して、参加者と検討しました。具体的には、正常な嚥下の検討・・・正常つまり生理性の保全された状態と機能を踏まえてこそ、バイオプログレッシブにおける3種類のTongue thrust、ならびにその治療法の実際がわかります。Thrustの分類は、(1) Habitual / Atavistic、 (2) Glossoptosis / Transitory、(3) Adaptive / Secondary、です。

引き続き、嚥下と発語機能に関与する軟口蓋の機能。嚥下時には舌と連動することから局所の基礎的な解剖と特定の発語におけるその動きを復習しました。

7/22(月曜日)の講座内容

(1)頭頸部の筋肉とヒトの咬合の概論、(2)咀嚼筋、(3)小児の矯正歯科治療には不可欠である側貌セファログラム長期成長予測法の歴史的な発

展、(4)各種コンポジット図による不正咬合の統計学的な特徴、(5)適切なCervical traction の臨床が解説されました。

Cervical tractionは、専門医でも取り扱う難易度が高いですが、抜歯治療・非抜歯治療といろいろな局面で使用でき、効果は絶大です。

Ricketts R. M.自身は、矯正歯科の最大の突破口はコンピューターの援用である、と述べています(1987)。それがなにを意味しているかは、あまり知られていないのではないでしょうか。端的には、バイオプログレッシブにおける「コンポジット図」のことです。不正咬合を、年齢、アングル分類別、人種、男女、各々に対する治療法とその結果に纏めたものがコンポジット図です。側貌セファログラムトレースの合成図ですので、一目瞭然、この様なアプローチを行うとこうなる、といった情報が直覚的に目に見える形で把握出来ます。

 

おそらくは、これが矯正歯科界へ浸透することによって医原性の疾病を付与させる可能性が低減され、現代とは異なるかたちの適切な早期治療が普及するに違いない、そのように彼は期待していたと思われます。現実はそのようにならなかったわけですが、それに関しては機会を見計らって検討内容を公開したいと考えています。

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