セミナー実施報告|矯正歯科医・小児歯科医のためのRセミナー

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その9〉

2019年12月10日

 

  • Case Study 10 Prediction & Treatment Design

 

Female Age 9, Class Ⅱ, Mesio face, Quadratus inferior labii, Sub-labial release, Impacted lower canine, Non-extraction.

 

下唇方形筋(Quadratus inferior labii)の左右筋束が強固に連続して、深い下唇溝を形成している症例(写真-1)。

左下の埋伏犬歯は、反対側の犬歯にほとんど近接するところまで、歯槽骨中で水平に移動しています(写真-2)。

 

これ程の重篤例は稀でしょう。

“Sub-labial release” とも呼ばれるRickettsが考案した手術と、埋伏犬歯の開窓、想定される移動経路の皮質骨切除、級ゴムを併用した上顎埋伏犬歯のスペース獲得、段階的なde-banding法、Therapeutic ideal occlusion が、本症例で示されています(写真-3)。

セミナーでは、上記の豊富な内容が、わずか30分で語られていました。 

 

【治療経過】

下顎U-A にて左下埋伏犬歯の萠出スペースを概ね確保したあと、いちど、下顎切歯の歯根を舌側へ移動させ、誘導する犬歯との接触を事前に回避しました。

かかる準備を整えた上で、埋伏犬歯の開窓術と、Quadratus inferior labii の骨付着の剥離術を同時に施行。後者は、下顎歯列の前方からの締め付けが過剰となっている同筋肉の緊張低減です。具体的な術式は、口腔外科の専門誌にも残されていませんので、ミシガン大学で行われたインタビューをYouTubeで御覧ください。拙書「An Interview with Dr. Robert M. Ricketts DDS, MS April 13, 1987」にも、和文とともに術式が掲載されています。

開窓術のポイントは、(A) 誘導経路上の皮質骨をすべて削除したこと、そして (B) 血液供給の豊富な歯嚢を、部分的に残したことです。歯嚢を「きれいに」取り去ってしまうと、移動経路上の歯槽骨がなかなか吸収されずに埋伏歯の移動が遅延します。

ダイレクトボンディングのない時代だったので、一部露出させた歯冠に、その豊隆に適合させたバンドマテリアルを、グラスアイオノマーセメントで合着させました。当然、過大な牽引力で直ちに脱落してしまう接着強度です。

牽引はエラスティックスレッド(写真-4)。

剥離した歯肉粘膜を戻して縫合します。縫合完了時の写真は提示されなかったので詳細は不明ですが、埋伏歯やスレッドに覆い被さっていたかも知れません。

段階的な De-banding の方法と、安定した保定に有効なオーバーコレクション(写真-5)です。

術後の下唇溝の変化(写真-6)と良好な歯周組織の治癒(写真-7)です、十分な付着歯肉が再生しています。

 

左下犬歯の誘導が一段落したところで、L-loop付きの連続ワイヤーで、上顎犬歯の萠出スペースの獲得に努めつつ、級顎間ゴムの力で上顎第1大臼歯を遠心移動させました。

術後、ほどよく  Quadratus inferior labii は下顎前歯へ作用したかにみえます。下顎第1大臼歯のアンカレッジは級顎間ゴムの使用にもかかわらず、十分保たれていたからです。

術後の Therapeutic ideal occlusion、それ自体が歯列の安定性を保ちます。セミナーの中では咬合の仕上げの重要性が強調されていました。

 

 

  • Case Study 11 Prediction & Treatment Design

 

Female Age 11, Tight lips, Class Ⅱ, Mesio face with dolicho tendency, Sever crowding of lower incisors.

 

Principle of expansion を示した症例です。

上下の歯列は狭窄し、下顎前歯に著しい叢生を認めます(写真-8)。

専門医72名が集った会合で、Ricketts が本症例写真を提示したところ、抜歯部位については種々に意見が分かれたものの、すべての人が「下顎歯列の抜歯は不可避」と答えたそうです。

術後のパントモで上下左右の智歯がないことから、智歯先欠の症例でないかぎり、治療中あるいは保定中に智歯を抜去したことになります。

この症例のポイントは、

(A) 口腔の筋肉の再適応と歯周組織の経年変化からみた適応限界

(B) ループ付きU-Aの臨床応用

(C) Ricketts Cervical traction に関する基本的な考え

(D) 小臼歯の遠心ドリフト

 (E) バンドが主流であった時代における審美に配慮した治療、に集約されます。

 

【治療経過】

上顎は Cervical traction にて第1大臼歯を遠心へ移動。同時に、Inner bow にて歯列を側方へ拡大。正確には歯列幅径の回復です。

下顎歯列は、T-loop L-loop を組み合わせたU-A(写真-9)にて、前歯の叢生を解消し、圧下移動 および前方移動 を行いました。

このユーティリティアーチは、同様の日本人症例でも大変有効です。実際、筆者自身の臨床を振り返って、この術式を知らなかったら乗り越えることはできずに、治療結果も大幅に妥協 せざるを得なかった患者さんが数十名はいらっしゃいます。ループが緊張した下唇溝組織の歯肉への圧迫を防いでくれるために、圧迫性歯肉退縮の問題も回避できて安全です。この連続ループに関して患者さんが抱く違和感は、装置の外見に反して少なく、もしループの高さや形状が適切であれば、ベーシックU-Aよりも快適です。

上顎側方歯の級関係は Cervical traction で是正、第1大臼歯の移動につれて上顎第1, 2 小臼歯は自然に遠心へ動いたものの、犬歯は級関係が残っているため、同歯に「サービカルtie(歯頚部にKobayashiフックを結紮したもの)」を施し、級ゴムをかけて上顎歯列の仕上げを完了しています

もちろん、対合歯との咬合干渉が起こる場合であれば、ブラケットを付けてセクショナルワイヤーで圧下移動させつつ級顎間ゴムをつかうことになります。

Post retention の所見です。35歳の検診時、歯列は極めて安定しています(写真-10)。

下顎前歯の歯肉退縮が生じていました(写真-11)。

Lower tight lip の経年的な影響が考えられます。筆者の臨床では、小臼歯 Non-ext 症例で、日頃たいへん精神の緊張が強いられる仕事に就いていた方で同様の歯肉退縮が生じました。Ricketts の本治験例も、女医として働いていた方なので、局所的な要件とはちがった、そのような背景があったかも知れません。

改善策として歯肉移植(通常は口蓋粘膜から移植)を Ricketts は提示しましたが、患者から「とくに困っていることはない」ということでそのままにしてあります。

 

 

  • Case Study 12 Prediction & Treatment Design

 

Female Age 12 (almost13), Sever open bite with sever dolicho face, Chronic tonsillitis, Abnormal crown restoration of 4 first molars.

 

成長期中に、2年間ほど慢性口蓋扁桃炎があった患者です(写真-12)。

正常な嚥下は機能は失われ、代償性に舌突出癖が発現しました。正貌セファログラム所見からは、左の下鼻甲介粘膜が腫脹しているので、鼻閉は扁桃炎以前から存続していたのかも知れません。Dolicho な顔貌は、父親からの遺伝的な影響も濃厚です。

・・・・・どう見ても、外科矯正の適用と思われます(写真-13)。

さて、これを非外科で Ricketts がどのように治療したのかを見てみましょう。

 

【治療計画の立案・経過】

上下左右の第1大臼歯をすべて抜去。

パントモ所見から、かりに第2大臼歯がやや近心へ移動すれば上下智歯が良好に咬合するであろうと直観的には考えられますが、それと第1大臼歯の抜歯とは、「臨床の常識」としては、なかなか結びつかないでしょう。ましてや、第1大臼歯の4本の抜去を行ったにせよ、過大に開いた下顎骨の成長が着実に回復する保証は見当たりません。

なにを以って、大胆とも思える本治療方針を採用したのか? 我々の1番知りたいところは、その判断のよりどころです。

以下は、「こう考えたのではないか」という、あくまでも筆者の憶測。繰り返しますが、推察の領域のはなしです。

 

(1)オープンバイトの回復をもっとも阻害しているのが、異常嚥下や顔の変形がおきた状況下で製作された補綴物です。シッカリ奥歯で噛もうが、過剰に延び出た上に平坦で高い咬合面が付与されたクラウンをどうにかしなくてはなりません。露髄するまで削る? 思い切って抜去する?・・・矯正歯科治療に進むにはどちらかを選択せざるを得ません。

(2)12歳という年齢は(個人差は当然あるものの)、第2大臼歯は歯肉からみえても旺盛な萠出期にあり、第1大臼歯4本抜去で顔面高の回復が、ある程度は期待できる。

(3)ANSOrthopedicに降下させることは技術的に可能であり、年齢的にもギリギリ行ける。上顎第2小臼歯へ Ricketts Cervical traction を適用したことからも、これには疑いの余地はありません。

(4)Myo functional training は本症例では不可欠と思われるが、この患者は訓練に対して全面的に協力をしてくれるものと判断した。

なお、智歯にバンドを付けることなく動的処置を完了した様子です。治療前の正貌セファログラム所見で、智歯のトルクに異常は認められませんでした。

総じて眺めるなら、「常識を覆した」というよりも、「生物学原理を地道に積み上げた経験の治療計画、ならびにその未開拓な領域への安全性を担保した上での挑戦」と捉えるのが適切ではないでしょうか(写真-14, 15, 16)。

 

筆者の臨床でも興味深い級オープンバイト症例があります。この成人女性には、初診時、外科矯正を勧めました。初診から7年後に再来院し、どうしても非外科矯正で噛み合わせを整えたいとの希望がありました。治療の現実範囲を理解してもらった上で、過剰に挺出していた下顎右側の第1大臼歯と左側第2小臼歯を抜歯、二十歳後半であったにもかかわらずFXが閉鎖し、無事に会話や咀嚼、そして美的にも満足していただける成果を収めることができました。

ただし、オープンバイト是正のために第1大臼歯を抜去するという術式は、患者さんの期待値、顎関節の健全性や舌をはじめとする口腔諸筋群の遺伝的特性、頭蓋基底の形状、下顎骨の形状、耳鼻科系の疾患の有無や程度、MFTへの患者自身の取り組み・・・等々の不確定な事項が山積するため、一般的には確実性はすくないと言って差し支えはないでしょう。臨床者にとっても、神経を磨り減らすほどの繊細な処置と不測事態への対応能力が要請されるため、中顔面に対する LeFort 型処置を併用した外科矯正が通常の医療処置となります。

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その8〉

2019年11月12日

 

  • Case Study 8 Too Late for Orthopedics 

Male Age 11, High convexity [10 mm], Palatal plan: ANS 5° up, FX=87°, L1 to APo=3 mm, E-plane= 7 mm, 4 Bicuspids extraction, Super maximum anchorage, Segmented Traction, Slight Gingival recession with 4−4 Retainer, Lower 3rd molars was erupted after treatment.

冒頭、Ricketts 曰く「もっと早く orthopedic phase の年齢においてこの患者を診ることが出来ていたならば、おそらくはちがう方針を採ったかも知れない」から症例解説がはじまりました(写真 1)。

級1類、患者の顎間ゴムの協力が十分に得られなければ、外科矯正を免れなかったと思われる難症例。

初診時、生え変わる直前の乳臼歯3本が残存。「抜歯治療をせずに78 mmも前突を治すことはすでにこの時点では難しい。」‥‥Facial taype からみても小臼歯抜歯を要します。

最終資料は15歳時。FX=90°, Convexity =3 mm, E-plane= -1 mm, 下顎第三大臼歯歯冠は、下顎枝の前縁から85%前へ位置し、かつ傾斜にも問題は認められません(写真 2)。

 

つまり小臼歯抜歯によって顔貌と咬合と口腔内の健康状態が改善し、しかも便宜的に抜歯した歯よりも丈夫な智歯4本が機能したわけです。

ところで、おおかたの級の抜歯例では下顎大臼歯のアンカレッジが問題となります。本症も例外ではありません。しかし、治療前後の Corpus axis at Pm の重ねでは、大臼歯前方への移動量はわずか 12 mm

(1) 上顎前歯の後退量

 (2) Convexity の減少量

 (3) 下顎小臼歯の抜歯スペースの閉鎖を総合して考えてみると、このアンカレッジの安定性は特筆に値します。Standerd edgewise technique では実現不能なことがおわかりになるでしょう(写真 3)。

 

 

  • Case Study 9 Discussion of Possibilities

Male Age 10, Class Ⅱ [Face is Class Ⅰ], Mesio face, No Headgear, Possibility of U-A torquing on U1,  Long term stability of occlusion.

Long range growth forecasting が開発される以前 (1962) Ricketts 治験例。初診時の顔写真は提示されませんでしたが、もっとも注目されるところは、上顎U-Aによる上顎切歯のトルク変化の大きさです。

ここでは「治療の可能性」、すなわちバイオプログレッシブにおける臨床判断の P. P. F. として、最初の P (possibility) の限界値の一例を Ricketts は提示しました。

現在のU-Aのデザインと異なって Vertical step は省略された、一見して plain なワイヤーにもみえる U-A が使われました。上顎犬歯が萠出間近であるため、歯肉が唇側にこんもりと盛り上がっています(写真 4)。

下顎 U-A とちがって、咀嚼時の変形はあまり心配ないので、筆者も犬歯の萠出にともなって歯肉が膨らみを増す場合には、同様のデザインを多用します。

級2類なので、順番としてまずはじめに、上顎中切歯のみを圧下させ、側切歯の高さまで移動が完了したら、つぎに側切歯へもバンドを装着、以後 4前歯をまとめて圧下移動させます。ワイヤーは 0.016 inch の角線。

口蓋平面で重ねてみると、上顎切歯の唇側への傾斜変化は 28° (palatal plane と歯軸の成す角度が 92° から 120°)、歯牙の圧下量は 5 mm。反作用で上顎大臼歯は遠心へ30°傾斜しました。中切歯歯根尖の移動はおよそ 10 mm 中切歯切縁の advancement 2 mm でした(写真 5)。

Full band で仕上げ治療を完了し、切歯は over jet, over bite ともに1 mm のほぼ切端咬合(写真 6)。

上下8本の切歯の近遠心幅径比率が下顎切歯において大きいため、そのまま治療を終えました。側方歯群の咬合はしっかりとロックされています (写真-7, 1973年時点)

U-A の「U」は utility。言い得て妙です。

なお、Ricketts の講座は、カチカチの知識で聴いてもあたまが混乱するばかりです。個々の臨床判断に至っては、なおさら。生活に即した幅広い General knoredge の背景、そして経験の蓄積がないとピンとこないからです。 — “We only can experience what you’re ready to recieve.”

 

◎ 知的な解説は論文投稿や演題申し込みの時には、科学誌のルールに沿って必要ですが、惜しくも思考領域が狭まるざるをえないので、骨休めに 2019/12 月の文藝春秋を芸術解説 — Canon 綴りプロジェクトから引いてみます。バイオプログレッシブも「生きた臨床」なので、日頃この類いの情味ある会話・書き物に通じていた方が、少なくとも「からだをいじる科学者」にならないで済む点、自然です。

葛飾北斎晩年八十八歳の作、前詞:「北斎の線で森羅万象が動き出す」

美しい袋に包まれた琵琶を一匹の白蛇が這う。獲物を追うかのように光る目、細かい鱗にびっしりと覆われ、身は今でもするすると動き出す生命感あふれる筆遣いが見事な『琵琶に白蛇図』‥‥〉https://global.canon/ja/tsuzuri/

琵琶は財運をよぶ弁才天の持ち物、白蛇はその眷属。弁才天は「芸術」も司るので、「さすがは北斎」、と当時の人々は頷いたことでしょう(笑)。

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その7〉

2019年11月4日

Case Study 7 — Discussion & Possibilities

Male Age 8, Severe Class Ⅱ Open Bite, Poor oral hygiene with a lot of abscess (deciduous teeth) , Narrowed upper denture,  Over-treatment with Headgear, Growth potential, 4−4 Retainer.

 

バイオプログレッシブ における級早期治療例(写真 1-6)。

6歳の時、別の専門医を受診した折り「矯正歯科治療には早過ぎる」と伝えられた患者です。8歳になって  Ricketts の診療所を訪れました。両側上顎乳歯は外傷で脱落、それに起因したと思われる後継永久歯のエナメル減形成が認められます。前医で撮影した側貌セファログラムとの比較では、オーバージェットはおよそ 12 mm のまま、しかし下顎前歯は口蓋粘膜に触れる直前へ過剰萠出してきています(写真 2)。

口腔内清掃は不良、数本の乳歯には歯髄感染による膿瘍が形成されています。上顎歯列は強度に狭窄し、上顎前歯切端は、乳前歯の外傷脱落とは別件の外傷によって欠けています。

「もし4歳か5歳の時に診察できていたら、外傷は避けることができたかも知れぬが、わからない」‥‥Ricketts の補足です。

 

【治療計画・治療経過】

Cervical traction にて中顔面の Orthopedic な是正を図りました。上顎歯列は狭窄していますが、側方拡大処置は Q/H を用いずに、Headgear のインナーボウ単独で側方拡大をおこないました。

「上顎第2乳臼歯にQ/Hを装着し、それから同歯に Cervical traction のバンドを‥‥」という順番を考えるバイオプログレッシブの専門医も多くいるかも知れません。勿論、本症例のように下顎歯列も狭窄する場合、上顎の積極的な拡大に併行して、下顎歯列も拡げます。それをしなかったのは、たぶん、膿瘍を形成して歯根が弱っている下顎第2乳臼歯を利用することができなかったからでしょう。

 

さいわい下顎前歯は、まだ口蓋粘膜に食い込むほどには萠出していなかったので、下顎前歯圧下用の U-A を適用せずに、Cervical traction にて級関係から Super class Ⅰ への Orthopedic な是正を行ったものと考えられます。

その後、仕上げ処置を経て保定へ移行しました(写真 3)。

 

保定は、下顎第1小臼歯間のバンドリテーナー、上顎には夜間のみ可撤式リテーナーを使用。

注目すべきは、Post retention で上下の歯列幅径が自然に増し(写真 4)、下顎アーク状成長がきわめて旺盛に発揮されたことです(写真 5)。

顔立ちがしっかりして、別人のようです(写真6)。

日本人症例では、これほどしっかりとした下顎成長は、少なくとも筆者の臨床経験の中では稀です。

「これは、患者が潜在的に有していた Growth pattern であると思われる」と Ricketts は語っています。歯列を取りまく(または支持する) 生体組織全体の環境が早期に整い、なおかつ、Catch up growthの時間的なゆとりがあれば、 Growth potential が順当に発現される可能性は少なくありません。本症例の中でこのことを、とくに示したかったのだと筆者は想像しています。

 

専門医のあいだの一般認識として、

Headgear の治療で下顎は開大 (FX opening) して発育し、級関係の改善がそれによって相殺、もしくは増悪される」との考えが根強く残っています。たしかに、呼吸系の問題や舌癖が残る Dolicho facial pattern の患者ではこれは事実でしょう。

 

ところが、生物は「抗性」といわれる反応系をもっています。環境に適応しつつも抵抗力を強化する、すなわち適応限界内であれば、抵抗力を持った機構へどんどん変容しつづけます。わかりやすい例は、良く歩く人は骨格が構築され筋肉はスムースに働くようになるし、病気などで2,3週間臥床すれば立てなくなるほどに萎えてしまいます。

 

Case Study 6でみた Cervical traction による下顎大臼歯の圧下移動は、「抗性反応」のあらわれです。旺盛に咀嚼する人は下顎頭から Ramus にかけて成長し、咬合平面 (Buccal occlusal plane) も後方が徐々に降下してきます。Ricketts “Reverse responce” と名付けた生体反応も、抗性反応の一例です。

 

バイオプログレッシブが、機械論的な解釋では到底わからないのは、この「抗性反応」をはじめとして「Principle of  Compasation (歩み寄りの原理)」、「皮質骨と海綿骨の反応時間の差」、「形態と機能の相互関連」、「成長発育や経時変化といった個体の時間概念」などを、 Ricketts が縦横無尽に活用しているからです。

なお、

(1) 口蓋平面の降下にともなう下顎切歯の干渉を事前回避

(2) 口蓋を側方へ十分拡大して口腔環境の整備を図る

(3) Headgear の装着時間を 14 8 時間の夜間(就寝時)の装着を中心に使用する(日中は使わない)

(4)  症例の年齢や不正咬合の重篤度に応じて適切な力を加える

(5) 耳鼻科系の問題はあらかじめ解消しておく

‥‥等々の基本事項を守れば、High pull headgear Cervical traction MesioBrachy 級症例の治療に用いたとしても、 FXの開大はおおむね回避できます。そればかりでなく、口腔内環境がひとたび整うと、ポテンシャルとして内在していた患者固有の成長パターンが発揮されることが多くの症例で観察されます。

25歳の来院時にも歯列は安定。外傷で欠けた上顎前歯の切端はトリミングしました。エナメル質減形成の箇所は、レジン修復でかなり自然になるでしょう(写真 4)。

 

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その6〉

2019年11月2日

  • Case Study 6 Discussion & Possibilities

Female Age 7, Class Ⅱ Open bite, Poor head posture, Tipped palatal plane, Narrowed dentures, Q/H, Cervical Traction, Upper and Lower U-A, Change of Oral Environment, Therapeutic Ideal, Mid line correction.

 

Headgear (Cervical traction) の講義のためにRickettsが準備した症例。早期にOrthopedicな治療を行わなければ、外科矯正を併用した小臼歯抜去を要したと考えられます。

特徴として、

(1) Bad head posture

(2) 鼻孔が上向きで上顎が突出, Platal plane = 11°

(3) 上下歯列の強度な狭窄

(4) 過大なオーバージェットとオープンバイト

(5) 鼻腔粘膜の腫脹やアデノイド・口蓋扁桃の肥大等の耳鼻科系の問題は軽微

(6) 拇指吸引癖について解説はなかったが、夜間および日中に吸っていた形跡あり.

 

Case Study 6 の説明にさきだち、拡大中の正中口蓋縫合が、粘膜にも特徴的に観察される写真を提示します。Q/Hだけではなく、Headgear インナーボウをわずかに拡大することによっても、正中口蓋縫合は拡大します。Ricketts seminar に参加するまで筆者は知らず、爾來、同様の症例で毎回確認するようになりました (写真 1 )新生骨の生成がここで起きると、上層粘膜は明るくピンク色を帯び、その幅も開きます。

 

【治療計画・実際の治療経過】

Cervical traction で中顔面の成長を是正、同時にインナーボウによる正中口蓋縫合の拡大を図る。

顎関係の前後的な修正が概ねすすんだところで、Q/Hで上顎骨を再度側方へ拡大。

Platal plane の前方が下がってくるにしたがって、上下前歯の干渉を回避して最大限下顎アーク状成長を引き出す目的で、上下前歯の  intrusion を行う。

仕上げ処置として Full strap up4D-plus のブラケットで Ideal arch を経て保定へ。

Mid line がわずかにズレているために、上顎は左側の切歯隣接面の削合、下顎は右側の切歯隣接面の削合を数カ所おこなって、自然に正中が一致しました。

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その5〉

2019年11月1日

  • Case Study 5 Prediction & Treatment Design

Male Age 12, Mesio face, Class Ⅱ div.2, Deep bite,  Crowding with 4 blocked canines.  Flattened mouth with tight lip. FX=88°, Mandibular plane angle=23°,  L1 to APo=-4mm, U6 to PTV=11 mm, Inter-incisal angle=143°, Lower lip to E-plane=-5mm, Four 3rd molars extraction, U-A and Segmented therapy, Therapeutic ideal, 4−4 Retainer.

 

いわゆる口元が引っ込んだ顔貌をした12歳の男児。Skeletal な問題は軽微で、顔貌はキリリとしています。呼吸の問題は認められません。上下左右の犬歯はブロックアウトされ、大臼歯関係はアングル級。下唇 (Quadratus inferior labii) tight(写真 1, 2, 3)

他の専門医で診てもらったところ、小臼歯4本抜去による治療方針を伝えられました。男児の母親は、自分の口元が平坦であるため、歯を抜くことで口元がさらに陥凹するのではないかと心配になり、Ricketts の診療所を訪ねました。

 

FXを開大させずに(=この症例では、「顔、とくに下顎の成長を医原的に損うことを回避する」の意味)、上下前歯を intrusion できるU-Aの術式が有効であると考えられます。

◎若年者の下顎智歯抜歯による矯正歯科治療の経験がないと、通常は尻込みしてしまうほどの難症例。下顎犬歯の萠出スペースはU-Aによって確保できるでしょう。しかし、臼歯関係の是正には、顎関節の成長を含めた下顎の Arcial growth を損なうことは是非とも避けなければなりません。

 

【治療計画】

受講者発表と、Ricketts の治療計画は、ほぼおなじ。

Rickettsの初診時の印象は、「これは抜歯例と考えられても致し方ないのでは?」。一方、あらゆる可能性を勘案し、患者の両親には「もし、上下左右の第3大臼歯(智歯)を抜去すれば、小臼歯 Non-extraction が可能となるでしょう」と治療の方向性を提示しました。経験値がものを言う場面でしょう。

 

抜歯に関しては下記に集約できます。

(1) 年齢と性別・顔貌・Facial type・骨格的問題が軽微・旺盛で安定した下顎アーク状成長が望まれる・呼吸や嚥下の問題が認められない。

  小臼歯抜去を行わずに、治療を完了できる可能性が高い。

(2) Arch length discrepancy で問題になるのは通常上顎よりも下顎であるが、級臼歯関係なので、上顎側方歯群も後方への移動を要する。

  下顎智歯のみならず、上顎智歯も抜去と判断。

(3)  下顎前歯の intrusion advancement の反作用で、下顎第2大臼歯が智歯の下に埋伏するおそれがある。

  下顎智歯の抜去指針の確定 (Case Study 1 参照)

(4) 下唇が遺伝的に tight であるが、口唇・頬・舌を含む口腔諸筋群がもともと安定している。 

小臼歯抜歯回避の可能性、長期の歯列保定を図る上で下顎智歯の抜去はやはり必要。

結論として、上下左右の智歯の抜去、上顎U-ACervical ligation)にて上顎前歯を advance させ、下顎U-Aにて下顎前歯を intrusion かつ advance。それらの反作用で上下の大臼歯は遠心傾斜を伴いつつ遠心へ移動。さらに上顎側方歯群を級顎間ゴムにてセグメントに遠心へ移動、上下の歯列をととのえる。

方向性としては明快です。

長期成長予測 (VTG) は、7年で製作し、PPF にて実現の可能性を確認、治療開始の運びとなりました。

 

【治療経過】

(1) 上顎U-Aを用いて上顎切歯の唇側傾斜移動を開始、それに追従して下顎前歯がわずかであるが唇側へ移動。上顎前歯唇面に対して下唇が覆い被さる級2類症例なので、U-A Vertical portion を徐々に伸ばし(intra-oral adjustment)てゆくと、上顎第1大臼歯は遠心へ傾斜移動。

(2) 下顎の Open U-Aで前歯を intrusion。被蓋が深いので Cervical ligation にてワイヤーを歯面に留めた。下顎第2大臼歯は、前歯への力の反作用として、第1大臼歯に押されつつ、智歯の歯冠を摘出したスペース(余腔)へ遠心移動 (写真 4)

下顎第2大臼歯近心に新生骨(幼若な骨)がパントモ上で認められた。実際の変化の確認です。 なお、上顎側切歯の歯根遠心に引っかかっていた犬歯が、スペース獲得にともなって萠出、側切歯の遠心にも歯槽骨が再生しました。本所見は、臨床上きわめて重要です (写真 5)

(3) 上顎犬歯が萠出してきたら、上顎に Buccal segment を装着、級顎間ゴムでセクションに遠心へ送りました。その際、あえて上顎第2大臼歯にバンドを装着しませんでした。Spee curveに沿った上顎第2大臼歯のコントロールは難しく、バンド(または Direct bond bracket)を付けない方が、余程の異常な場所に萠出していないかぎり、治療のマネージメントにも有利であったからです。もちろん必要に応じて、バンドや Direct bonding で歯牙の動きを制御すれば良いでしょう。

(4) 側方歯群の Overcorrection が終ったら、ループ付きのワイヤーで細部の仕上げを行い、Ideal arch、そして保定処置へ移行しました。

(5)  下顎歯列の保定は、第1小臼歯のバンド保定 (4-4 retainer)19歳、正貌セファログラム側貌セファログラムの最終資料を採取。(写真 6, 7, 8, 9) 

19歳時の側貌写真では、下唇は E-plane より 4 mm 後退し、白人男性として自然な顔貌となりました。(写真 8) 

 

【日本人症例】

Case Study 5 は、日本人症例へそのまま適用することは控えるべきでしょう。

人種差、性別、呼吸、Facial タイプ等々の差違があるからです。

参考までに、左右上顎第2小臼歯、下顎智歯を抜去した症例を並記します(写真 10 – 19)

下鼻甲介後方が大きく、著しくアデノイドと近接 (写真 13) しており、鼻閉が認められました。 FX=80°、上下顎骨の前後関係を是正するOrthopedicな変化を行う年齢限界を、すでに過ぎています。

下顎前歯を唇側傾斜させることなく(=顔貌を損なうことなく)叢生が解消し、比較的に口唇はLooseであるにもかかわらず、下顎大臼歯は智歯抜去部を埋めるように遠心へ移動しています(写真 17)

しかし、Sever dolicho かつ呼吸の問題が潜在する症例では、当然ながら、小臼歯4本抜去に加えて下顎智歯も抜歯せざるを得ない場合が少なくないことも、付け加えておきます。

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その4〉

2019年10月27日

Case Study 3 Prediction & Treatment Design

Ricketts がパシフィックパラセイデスで矯正歯科診療所を開いてから5年目の症例です。

Female Age 5, Orthopedics, Class Ⅱ, Long face tendency, High convexity, Open bite. Tipped palatal plane(5°ANS tip up), Narrowness of Upper Face.

上下第一大臼歯、中切歯ともに未萠出。上下乳中切歯のオーバージェットは10 mm, Terminal planeは完全に級関係です。Nasal width=25 mm、鼻腔内の粘膜の肥厚は正貌セファログラム上で異常を認めません。上顎乳歯列の幅が狭く、側方乳歯群はcross biteを呈しています。

【受講者の治療計画】

成長を9.5年にてVTG(長期成長予測図)を製作。女児では56歳にかけて旺盛な顔の成長が見込まれるため、Arcの成長量はその分を増してVTGを描きました。FX: 2° closeと予測。中顔面に対してCervical tractionによってOrthopedicな変化を加え、convexity の減少を図るとともに萠出前の上下永久歯の前後・幅の咬合環境をあらかじめ整える計画です。下顎第三大臼歯の萠出予測は50%、Germ ectomyは行わない方針です。

【治療経過】

Bioprogressiveの登場以前、この年齢の同種の症例は専門医があつかうことは、ほとんどありませんでした。すべての乳歯にバンドをかけて歯列の拡大を行うのはあまりにも手間がかかり、かりにオーラルスクリーンを使っても乳臼歯の前後関係の是正は不可能であるからです。

上顎第二乳臼歯にGold bandW型拡大装置を付けて上顎幅径の回復を行いました。W型はQ/Hの前身、おそらく直径1mmの金合金を使っていたので、正中口蓋縫合を開くには適正な力が働いたと考えられます。後年、Blue elgiloy(直径0.036 inch 丸線)を採用したのを機に、4個のヘリカルを組み込むことで力が適切に働くように改良しました。Q/H(Quad helix)の誕生です。

上顎第二乳臼歯にCervical traction。牽引力の大きさは、350グラムくらいと考えられます。

混合歯列期になると、上顎歯列の幅径が再び狭窄したため、上顎第一大臼歯にバンドを装着、これに可撤式のBuccal barを夜間装着しました。Buccal barはインナーボウの部分だけの装置とお考え下さい。

短い期間(詳細不明)strap upして咬合を仕上げました。

18歳時の正貌写真所見:口唇部に異常緊張は認めません。ゆるやかに閉唇できる状態です、がやや面長な印象が残ります。上下の第三大臼歯は良好な位置に萠出してきました。

◎なぜこの症例をRicketts が提示したのか?— 57歳は、とくに女児おいて下顎骨は旺盛な発育を示すからです。前回(その3)お話ししたとおり、級の小児患者でも、中顔面のOrthopedicな処置を計画するとき、この重要な「57歳」の指標は変わりません。

  • Case Study 4 Prediction & Treatment Design

Male Aged 12.5, Sever Class Ⅱ Mesio face, Large anterior 

 

base, Protrusive maxilla, High convexity(11 mm), 4 Bicuspids Extraction [Upper 5’s, Lower 4’s], Super maximum anchorage.

オーバージェットはおよそ14 mm、上下歯列は狭窄。口唇閉鎖時にオトガイ筋は著しく緊張。

正貌セファログラム所見として顔の対称性良好、鼻腔幅は狭窄。側貌セファログラムではFX=88°, Facial angle= 86°, Lower facial height=42°, L1 to APo=1 mm, Arch length discrepancy=-4mm.

【受講者の計画】

上下左右小臼歯抜歯、Headgearを使ってアンカレッジを強化、長期成長予測は6年間としてVTGを製作。

【経過】

12歳という年齢からみて、Rickettsは、Cervical tractionによるorthopeadicな変化は期待できないと判断、顎間ゴムのみでアンカレッジを保持する手法、つまり口腔内アンカレッジを操作して上顎前歯の最大限の後退を目指す方針を採りました。

上顎第2小臼歯を抜歯し、第一小臼歯と犬歯をセクションでリトラクト、下顎第一小臼歯の抜歯は上顎前歯のコントラクションが完了するまで待ちました。ここがポイントです!

下顎大臼歯の皮質骨アンカレッジ・抜歯予定の下顎第1小臼歯・下唇(Quadratus inferior labii)といった下顎領域の組織から活用できるあらゆるアンカレッジを利用して、上顎歯列の治療を先行したわけです。この症例は、「治療の生理的な流れ」という意味におけるプログレッション臨床の実際、ならびに Ricketts R. M.の思考の自在性を物語っています。

勿論、すでに下顎第2大臼歯が萠出していてバンド合着が可能であれば、これをアンカレッジに利用します。要点は、プログレッシブなアプローチを進めることで、アンカレッジとなる歯や筋肉といった組織のアンカレッジに対する要請を極力削減すること、です。このように、個別症例における治療の流れ(生理的な順序)は、症例の数だけ存在します。

前歯はこの段階で、反対咬合になっています。

つぎに、下顎の第1小臼歯を抜歯し、ダブルデルタ型のループでスペースの閉鎖を図ります。Continuous wireなので下顎大臼歯は3mm前に滑りますが、これで大臼歯の級関係が確立しました。

上顎にはTorquing U-Aを装着、歯軸傾斜をコントロールした上で、上顎の切歯は、切歯管より後方へ歯体移動しました。

「誰かが彼の切歯管に麻酔するなら、針の侵入は唇側からだね」とR. M. Rickettsは戯れに解説していましたが、驚くべき移動量。しかもアンカースクリューのない時代の、口腔内アンカレッジです。

切歯管は皮質骨。切歯孔を越えた歯牙移動は、いまでも時折議論されます。ただし切歯管は正中に位置するため、左右中切歯がそこを上手く回避する経路で上顎中切歯を後退させれば、通常のコントラクションとなんら臨床上の技術的な差異はありません。

もとの上顎中切歯は唇側傾斜していたとはいえ、切端の移動量は、水平距離で23 mm。上下切歯の十分なintrusionも必要なので、ほかのいかなるテクニックを用いても、同様の結果を得ることは(おそらく)できません。

【前回の補足(ループ付きU-A)

Case study 1 にて解説したループ付きU-Aです。写真をご覧ください。

下顎前歯は強度の叢生を呈し、望ましい場所へのブラケットの接着は困難、かつinter bracket spanの距離が短すぎるために、無理やりやイヤーをブラケットに入れれば、歯根を損傷するほどの強大な力を歯根に加える危険があります。How to式な術式は一切通用しない厳しい状況、ということをご承知ください。

したがってループ付きU-Aを直接法にて結紮。位置ずれを防ぐためにスーパーボンドを前歯唇面および結紮線断端へ流します。(スーパーボンド開発以前でしたから、Rickettscervical tieを多用。)

Lip bumperの原理とおなじく、下唇の筋肉の圧力をループで排除し、下顎前歯をintrusion、かつadvanceさせるといった、安全かつ合理的なメカニクスです。しかも歯根に対しては穏やかな力が働きます。装着時は、軽い力か、ほとんどpassiveです。 その後、ビークの細いループベンドプライヤーを用いた Intra-oral adjustmentが、活性化の基本作業となります。

◎症例:26歳成人女性。現在治療途中ですが、患者さんから了承を頂きましたので載せます。 FX=78°(Sever dolicho facial pattern)Very tight lower lipConvexity 4 mm, L1 to APo=0 mm, 既往として小学生のとき、一般歯科医による非抜歯矯正治療を受けています。

◎当診療所における治療指針:(A) 下顎:水平埋伏智歯を抜去し、そのスペースへ下顎第1・第2大臼歯を2 mm後方移動。(B) 上顎:歯根発育の弱かった右上犬歯・左上第2小臼歯を抜去し歯列を整える。この患者さんに関して、「どのように非最大侵襲の治療を進めるか?」‥‥そこが鍵となります。

それでは Bioprogressiveにおける階層構造の(プログレッシブな)アプローチを閲覧しましょう。ワイヤーは舌側・頬側ともに柔らかな金合金を主体に治療を進めますが、Looped U-Aに関しては、断面が 0.014×0.018 inch elgiloy(特注品)を使いました。Buccal portionが長くloopも組み込まれているために、軽くて持続的な力が発揮できるからです。

◎今後の方針.

(1) 唇側歯肉のcleft形成に注意を払いつつ、下顎前歯を慎重に intrusion かつ advancement。下顎前歯の歯間に、Rotation correctのための十分なスペースも確保します。

(2) 直接法のU-Aを外して、ブラケットを接着。通常のU-Aへ切り換えて下顎歯列全体を配列。唇則歯肉に退縮が起きないか、ここでも注意を払います。配列が整ってくるのと並行し、長期保定に備え、下顎前歯隣接面を削合(数回に分けたstripping作業)

(3) 顔の正中と上顎歯列の正中を一致させるべく、左側級顎間ゴムを用いて、上顎左側側方歯群をセクショナルワイヤーにて後方へ移動。

(4) Detailingを行い、 Ideal arch で仕上げ処置へ。嚥下時のTongue thrusting傾向が初診時に認められたので、もしOpen biteが発現すれば、「Ricketts 1 2 3 エクササイズ (MFTの一種)」を励行します。

(5) プログレッシブに装置を除去、保定へ移行。

一度に装置を除去する方法は、今日なかば常識ですが、Bioprogressiveでは治療が段階的にはじまるのと同じく、徐々に保定へ移行あたかも飛行機が滑走路にSoft landingするかのごとく!

予知性の高い治療を遂行する上での「プログレッション」、いかがでしたでしょう。

患者さん一人一人に、そのひとの生理に合致した、安全な矯正歯科治療の手順(進め方)があります。それを、P(Possibility ),P(Practicality or Provability), F(Feasibility)の観法とVTGの製作をとおして具体的に計画します。治療がはじまったら、安全性を確かめる目的でモニターリングを行い、慎重に治療を進める — Bioprogressiveの特長のひとつです。

同じ検査であっても、その解釈や予知性の高さは従来と種質が異なります。

同じ装置であっても、その扱い方は、従来法に比べて自由度(versatility)が高く、最大限の安全性(security)が担保されてます。

秋の空 尾上のスギを はなれたり」この江戸俳句は日々の暮らしにとけ込んだ清々しき情味にあふれています。Bioprogressiveのあかるさにも一脈通じると思うのは、けっして筆者だけではないでしょう。2019 9月のセミナー報告は、計12症例におよぶ Case studyの内容があまりに濃厚なため、都合 2症例ずつ掲載していきましょ う。

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その3〉

2019年10月18日

現在の臨床学会の趨勢は基礎学からはなれ、どちらかと言えば技術論に偏りがち。これは問題です。

異なる診療科の医師の話を引用しましょう―「いまの学会討論はまるでハウツーの品評会ですね。」

生物学原理を正面から採り上げて臨床へ生かしたRicketts R. M.の思想と臨床は、その点において矯正歯科臨床においては特異といえます。

症例1~12は、今日の矯正歯科治療にとって示唆に富む新鮮な内容、いわば宝の山。症例のスライドについては、Website上に提示はできませんのでご了承ください。

アリゾナ州の講座では、受講者2名1組にて、割り当てられた症例の診断・長期成長予測・個別メカニクスの流れが発表されました。思考過程そのものを養うRickettsの教授法の一環です。

※ 症例の概要は、数値によってポイントがつかめるでしょう。

※ 参考のため日本人症例を用いて若干の補足を加えました。

◉ Ricketts Case Study 1: 

Female, Age 12, Class Ⅰ Deep bite, Mesio face, Spring type personality, Arch length deficiency=-10 mm, Blocked out 4 canines, Lower 3rd molars extraction and its timing, T-looped U-A, Facial mandibular index=69(正面顔貌ではやや面長な印象), Lower 4-4 fixed retainer.

【治療計画】

上下U-Aにて、萠出スペースが不足している上下左右の犬歯の萠出スペースを確保。下顎智歯Ext.

【経過】

下顎智歯摘出前に、T-looped (T series) U-Aにて叢生解消と、第一および第二大臼歯遠心移動、前歯の圧下移動を行う。その結果、左下顎智歯は、口腔外科医よりの摘出不可の旨告げられ、やむなく左下は第二大臼歯を抜歯。

T-looped U-Aの前方部はL-loop×2、T-loop×1の計3個のループが入って複雑になるため、敢えてバンドは合着せず、Cervical tieで下顎前歯の圧下移動を図ると同時に、Arch lengthを十分に獲得。

※ 現在はスーパーボンドが利用できるために、筆者は写真のような直接法をしばしば採用。

※ループの入ったカスタムU-Aも、症例数を重ねてゆくにしたがって、ベンドから装着まで、さほど時間はかかりません(20分以内)。ループが適切に屈曲されているかぎり、口唇内面の粘膜の違和感は不思議なほど軽微ですし、下唇の圧力を大臼歯に伝達できます。下顎智歯早期歯胚摘出後は、U-Aで下顎前歯を圧下し、かつAdvanceすると、下顎大臼歯が2mm, 3mmは遠心への傾斜を伴いつつも後退するので、アーチレングスが5mm, ときには8mmくらいは、獲得することができます。

本症例のように前歯被蓋が深いと上顎前歯舌面とブラケットが干渉しやすいので、直接法のU-A(Direct adhesive U-A)を用いて、下顎前歯を圧下移動し、それからブラケットを装着します。手間はかかります。しかし、FX保持と顎関節の保全を最大目的とた、安全な治療の遂行が可能となります。

Ⅱ級2類症例ならば、上顎前歯を唇側に傾斜、かつintrusionしてから、下顎前歯へU-Aを装着します。ようは、人為的な上下前歯の咬合干渉(二次三次の医原病の付与)をつくらないことです。

※下顎第三大臼歯摘出の実施時期: 症例別に判定をします。我が国では、中学受験やクラブ活動といった理由で、左右智歯の摘出(歯胚摘出・歯冠摘出・抜歯)の時期がずれてしまうことは珍しくはありません。下顎前歯intrusionの反作用として、第一・第二大臼歯は遠心へ傾斜移動します。

問題となるのは、智歯歯冠の石灰化の進行状況とその位置。左智歯は右側に比べて石灰化が進んでいました。治療を始めたのが、GermectomyではなくCoronal extractionの段階にあったことから、「U-A装着前に摘出しておくべきだったろう」と、Rickettsは述べています。

※発表者(筆者)がVTGの中でArch depthの計算を誤りました。白人の歯冠幅では、下顎第一大臼歯近心から切歯切端まで、23.5mm~24.5mm.

「模型がなかったから致し方ないかもしれない」と穏やかに誤りを是正するRicketts の度量も参考にしたいところです。

※犬歯配列直後の患者の顔貌は口唇がやや突出し、Caucasianとしては上下の歯列前突(L1 to APo=4mm, Inter incisal angle=100°)。ところが顔の成熟にともなって歯列は後退、Inter incisal angle=127°、患者の春型パーソナリティ(Spring type personality)に相応しい顔立ちとなりました。これは、おもに下唇圧力の効果と考えられます。歯列全体が後方へドリフトしていっています(15.5 y.時にL1 to APo=2.5mm)。上下の口唇からオトガイにかけて軟組織はなだらかな曲線をなした自然な顔立ちとなりました。

◉ Ricketts Case Study 2 ― Prediction & Treatment Design

Female, Age 11, Sever dolicho face(FX=81), Facial mandibular index=75, Class Ⅱ, Crowding with Open bite tendency, Breathing problem and a lot of allergies, Large inf. Turbinate with post nasal drip, ALD = -7mm, 4 Bicuspids Extraction [Upper 5’s, Lower 4’s] 

※ 小臼歯抜歯の症例頻度は、日本人ではどうしても高くなります。Case 2は、日本人症例にしばしば見られる特徴が幾つか観察できます。

(1) Arch length discrepancyの問題が濃厚

(2) Dolicho傾向が強い

(3) 花粉症を代表とするアレルギー性の鼻閉や扁桃肥大

小臼歯抜歯に関するRickettsの個別臨床判断の基準・統計上の客観性を踏まえた明確さは、今日でも有用な指標になります。専門医が扱う症例の過半は類似の難症例です。

【治療計画】

上顎左右の第2小臼歯、下顎第1小臼歯抜歯。萠出スペースが不足している上下左右の犬歯の萌出スペースを確保。

【経過】

本症例の経過説明に付随して、アデノイドと下鼻甲介後方の近接(臨床では見落とされがちな問題)、多彩なアレルギー、顔の垂直成長が旺盛な患者における歯列側方拡大処置が開咬を招く危険性…といった内容が解説されました。

小臼歯4本抜歯症例をSectional mechanicsで扱い、かつ顎間ゴムの十分な患者協力が得られる場合、上顎大臼歯のアンカレッジ喪失は軽微ですみます。本症例では上顎第二小臼歯、下顎第一小臼歯を抜歯し、大臼歯はわずかに(3mm程度)近心移動させたことから、上下智歯の萠出および咬合機能が可能となりました。下顎の抜歯スペースの閉鎖には、Double delta loopを使いました。

症例検討の担当者は、上顎第一小臼歯、下顎第二小臼歯の便宜抜歯を計画しました。それにも諸種の正当な理由があります。しかし、Rickettsの実際の処置は上下のExt. 部位が逆。背景となった彼の考え・治療技術に注目しましょう。

FX=81°(Sever dolicho)の示されている通り、本症例は顔の垂直的な成長がきわめて旺盛な難症例です。しかも呼吸にまつわる問題が大きく、歯列に絶大な影響を及ぼす諸筋肉のも円滑な治療と安定した保定に、負に作用するばかりです。不用意に歯列の拡大を図れば、Open biteが増悪します。

※ Bioprogressiveでは治療の概ねの手順が、典型的な症例ごと決まっています。もちろん個別裁量が必要であることは言うまでもありませんが、治療を進める上での階層構造(hierarchy)があるので、本症例に関して補足します。

重要なので、Ricketts R. M.のアンカレッジに関するhierarchyの思考と、それに誘導されたprogressiveな治療の流れを、Case Study 2を例に箇条書きします。

(1)Upper retraction section on the upper 1st premolar.

(2)上顎のAnchorageが心配ならば、Upper U-A. これで上顎第一大臼歯を遠心回転させ、かつ固定強化を図る。

(3)もし上顎第一大臼歯が近心回転しているならば、Direct Quad Helixを併用。

(4)上顎第一小臼歯のリトラクトセクションの活性化量は初回1mm、歯槽硬線(lamina dura)という薄層の皮質骨が歯槽を取り巻くからです。 2回目から2mm、しかし日本人では75 gramの牽引力では強すぎるので、筆者なら0.8mmくらいに留めます。 

(5)上顎第一小臼歯のリトラクトが完了するときには、上顎犬歯は、少なくとも1/3は自然に遠心移動していることを期待します。実際にもほとんどの日本人症例でも、そうなります

(6)上顎小臼歯と第一大臼歯を結紮線で繋ぎ(tie together または tie back)、犬歯にブラケットを接着し、バイパス法でこれをリトラクトします。

(7)下顎歯列です。本症例は13歳なので、もし下顎第二大臼歯にバンドが合着できれば合着します。そこから下顎犬歯までリトラクションセクションを入れます。途中の歯牙はバイパスし、第二大臼歯にtip back bendを加えて犬歯の後方へ牽引します。このとき、犬歯歯根が舌側の皮質骨に引っかからないように、犬歯のトルクに注意します。

(8)目的の位置まで下顎犬歯がリトラクトされたら、下顎第一大臼歯にダブルチューブ付きのバンドを合着します。ダイレクトボンドブラケットを接着する人も今日では多いでしょう。しかしひとたび脱落すると治療期間が延長して余計な手間がかかるので、筆者はバンドを用いています。

(9)そして、リトラクションセクションの下方を通過するループ付きのカスタムU-Aをセットします。アーチレングスの獲得や維持・歯牙の捻転修正・下顎前歯のintrusionを適宜、行います。

(10)つぎに、下顎歯列はConsolidationの段階です。本症例では、先述の通りDouble delta loopのContinuous wireを使いました。

(11)上顎歯列です。犬歯のリトラクトが完了すると、舌側に位置していた側切歯を唇側へ移動したり上顎4切歯の捻転の修正を行うために、ループ付きのカスタムU-Aをセットします。

(12)これで上顎歯列もConsolidation stageに近づくと思いますが、Ⅱ級症例では必ず、Ⅰ級症例の過半でも、ときにはⅢ級症例においても、Ⅱ級顎間ゴムの使用が必要となります。したがって、下顎第一、あるいは第二大臼歯から上顎犬歯へ、Ⅱ級顎間ゴムを装着します。

(13)前項の理由は、上顎第一大臼歯の方がAnchorageを喪失しやすい危険が高いこと、上顎4切歯の歯根は下顎4切歯の歯根よりもはるかに大きく、しかも歯体移動で動かさねばならないからです。

(14)前項の作業では、新たなU-Aと、新たなTraction sectional wireを装着します。

(15)このころに、下顎歯列はIdeal archが入っています。

(16)上顎側方歯群のOver treatmentをしっかり行います。

(17)上顎切歯のトルクコントロールもしっかり行います。トルクが不足気味であれば、新たに、Torquing U-Aを装着します。

(18)上顎歯列も、Ideal archの段階となり、いよいよ最終Detailingへ移行します。

(19)一気に保定に移行するのではなく、段階的に装置を撤去し、徐々に保定へ移ります。

(1)から(19)は、治療のプログレッションの一例です。Case Study 2にみる、今日の多くの日本人症例できわめて有用です。

Bioprogressiveの臨床生理学と解剖学がわかるにしたがって、さらに個別化したアプローチや、安全性をより担保した処置が可能になります。

ステップ1, 2, 3式の既存の治療は、じつはBioprogressiveには存在しないことが、すこし、おわかりいただけましたでしょうか?

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その2〉

2019年9月20日

◉ 側貌セファログラムのコンポジット図(合成図)

人種間の特徴のみならず、同様の年齢で同様の矯正歯科治療を選択した治験例を集めた合成図からは、共通項目としての治療法の選択基準が一目でとらえられます。合成図は、いわば統計結果の形態表記。事細かい説明や数値を統合した上で、全貌を簡潔に表わすことは、ほかの方法では神業に近いでしょう。なぜなら、「側貌セファログラムトレースの計測値」の解釈には個々人の「色眼鏡」が混入する上、十数項目にわたる計測値を統合解釈するに至っては頭の中がこんがらがるからです。

合成図の把握には、予備的な解剖知識と臨床経験が前提。しかし、臨床者相互の意思疎通という観点からとても優れています。

Ricketts seminarで解説されていた人種間別の合成図は、 Caucasian, Peruvian, Brazilian, Orientals, Mexican, Navaho Indianでした。

一方、不正咬合別治験例の合成図は、(a) Ⅱ級Ext, Non-ext、(b) Ⅱ級のMandibular posturing appliance、(c) Cervical traction、 (d) Ⅰ級Ext, Non-ext、 (e) Ⅲ級のMaxillary advancement 等々と多岐にわたります。ある集団に関して、特定の共通した治療様式、治療開始年齢や動的処置が終わった年齢も概ねわかります。さらには頭蓋基底を含めた形態特徴と、実質的な治療効果までわかるので、すべてを加味すると、広範な客観情報が集約されていることになります。

 

◉ 専門用語の整理:Semantics for better communication

おなじ矯正歯科専門医とはいえ、たとえばA氏とB氏の間では、卒後研修機関やその後の臨床経験を反映して、特定の専門用語に関する解釈に微妙な違いがあります。少なくとも「実際の出来事」・「考えていること」・「話していること」・「相手が理解している内容」は、概ねの方向性として一致していた方が意思疎通には望ましいでしょう。

たとえば、「expansion」「contraction」は水平面上に関して使われる専門用語で、上下の歯列や上顎複合体の側方移動様式の謂いです。「extension」「reduction」という言葉は、前後あるいは近遠心方向の歯牙移動に使います。たとえば「アーチをエクステンションする」といえば、前歯の前への移動か、臼歯の後方への移動のいずれかを指します。

「intrusion」「depression」「extrusion」「 elongation」は歯槽に対する歯牙の圧下や挺出の意味で使います。「contraction」「consolidation」「advancement」「retraction」「distalization」 などもカルテに記載したり、処置内容の実質を含めて意見を交換するときに頻繁に使うので、正しく意味を押さえておきます。

◉ “Out of cortical bone!”

丸線を例に、大臼歯の歯根が頬側皮質骨から離れる危険性を指摘しておきます。Bioprogressiveでは、臼歯のアンカレッジを計画し、ときにはそれを優先的に対処するため、小臼歯抜歯治療の中でこれが崩れる症例は「あまり」ありません。

「あまり」と言い指したのは、緩やかな厚みのある口唇・舌の突出癖・開咬癖・海綿骨のボリュームが比較的豊富・鼻閉・水平埋伏智歯の萠出力など複数の因子が重なる症例では、やはり危険だからです。誰がやっても難しい症例はむずかしい。

術者側としてはブラケットを歯に接着して丸く細いチタン系ワイヤーから「レベリング」しているだけなのに、下顎も上顎も小臼歯を抜歯した折角のスペースが閉じてしまうことが往々にして起こります。

丸線は手に触れた感じは角線より穏やか、緩徐に力を発揮してくれそうにみえますが、これが落とし穴。丸線の断面は「真円」、長方形に角ばったスロットの中でクルクル回転するため、丸線の圧力が歯根全体へ均等分散されることはありません。歯槽頂と根尖部へ圧力が集中するので歯根への局部的ダメージの危険は高まるでしょう。

最も困った問題が、捻じたり傾斜している前歯から小臼歯へ丸線を通していくと、後方ではワイヤーが拡がる傾向が集積されることです。その力は大臼歯の頬側傾斜を誘発します。すると、治療前にはCortical bone anchorageを維持していたはずの下顎大臼歯が一気に不安定になります。ひとたび歯根が海綿骨に入り込むとスルスル前へ移動するなど不安定な状態に陥るばかりか、そこへⅡ級顎間ゴムをかければ、いとも容易く挺出します。顕著になるとFacial axisが開大、顔が長くなりながらⅡ級関係が増悪するという病態の複雑化を招きかねません。

大臼歯のトルクの異常変化は口腔内を見れば推察はつきます・・・下顎大臼歯の舌側咬頭が頬側咬頭よりも高くなっている。事前対策としては、U-Aあるいは3D-lingual archで下顎大臼歯のCortical anchorageを強固にし、毎回の来院に口腔の変化をよく観察する、そして異常が疑われたらただちに側貌セファログラムを撮影して重ね合わせをして大臼歯のAnchorageに問題がないかを確認することです。

◉ 治療における“プログレッション”

個別メカニクスのながれは、Riketts曰く『そよ風が自然になびくようなもの』。言い得て妙です。

「斯く斯くすべき」の発想は、少なくとも生物学原理(Bioprogressiveで援用される原理は概ね70項目だが相互に連関するので数を規定する必要もなし)に基づく注意点を除外し、Bioprogressiveには見当たりません。自然の理(ことわり)がわかれば治療メカニクスも「おのずなるがまま」です。治療計画や長期予測に沿っているかどうかは、セファログラムでモニタリングし、不測な変化の兆しがあれば即座に原因を考え、適切に対応します。

ほかの治療システムで教育を受けてきた専門医の方々が、Bioprogressiveにふれたとき心に抱く不安は、個別的に治療が展開する“プログレッション”の概念の摑みにくさでなないでしょうか。

Step1, 2, 3 がないのにもかかわらず、すべて個別事象としてprogression に進んでゆく、しかも生物学的にはもっとも無理がないからです。最小の努力、最小の組織損傷(最大非侵襲)でもって最大効果をあげることが、そもそものBioprogressiveの原動力です。将来いかに材料やら術式が進歩しても、その原則は変わりません。

ポイントは「個別事象」の判断、それへの対策、段階的計画と実行、モニタリング、治療後の客観評価です。

臨床解剖学・生理学はひとつの山となりますが、それさえ乗り越えれば正貌側貌セファログラムやパントモの読影、トレース、長期成長予測(臨床経験が熟すにつれて実現可能範囲の判断やら幅、そして精度も増す)、段階的な治療計画の立案が無理なくおこなえるようになります。

◉ Protect Anchorage

アンカレッジ(固定)を喪失する危険は、丸線に限った話ではありません。過大な力をかけた場合も同様の問題がおきます。移動を意図した歯の歯根膜が硬化性変化を来たし(Collagenが圧縮、かつ血液や組織液が搾り出されて順当な組織反応が阻害)、歯槽骨に強く固定されてしまいます。当然、大臼歯が抜歯スペースへ向かって滑り込みます。

主な対処はつぎのとおり、

(A) 固定歯への負担軽減

(B) Cortical bone anchorageの活用

(C) 移動歯の歯根を海綿骨中に維持(cortical bone avoidance)

(C) 下唇方形筋(Quadratus inferior labii)の活用

(D) 若年者の治療なら骨格自体の是正を図って歯牙の移動を極力減らす工夫、つまりOrthopedicな処置の採用

(E) 最近の主立った傾向としてはアンカースクリューの併用

といった具合です。

(E)については思春期前の患者の多くではスクリューが脱落してしまうために、治療対象年齢や骨密度に制約があります。幅広い年齢層の患者が来院する診療所ではOffice managementの観点から、(A~D)が現実的でしょう。

(A)については、たとえば犬歯から反対側の犬歯までの6前歯をまとめて後退するのではなく、犬歯歯根を海綿骨中に維持しながらセクションで犬歯のみをリトラクションします。上顎4前歯は下顎4前歯より歯根が長い分、ClassⅡ症例では口蓋の皮質骨中を移動させ無くてはなりません。上顎のSectional archにⅡ級ゴムをかけてアンカレッジの強化を図った上で、上唇の重さも利用しつつ、微弱な圧力を上顎前歯の歯根に付与します。骨の改造期間には、皮質骨切除あるいは類似の外科処置を併用しない限り数ヶ月は要しますが、内心の焦りに促されて過大な力をかけた途端、上顎大臼歯が前へ滑り出します。Ⅱ級ゴムの協力は大方の小臼歯抜歯症例で必要になるので、モチベーションの向上こそが、予定された期間内の目標達成に大切なゆえんです。

◉ Slipping Anchorage Technique

下唇のQuadratusが強力、かつ下顎歯列が後退している症例では、下顎歯列全体を前へ積極的に滑らす必要があります。Protect anchorageと逆の臨床技術をここでは採用します。

丸線のContinuous archの使用、狭窄したアーチ形状を付与して馬蹄形をなしている海面骨中を前へ滑らす、植立したアンカースクリューから大臼歯を前方へ牽引、下顎埋伏智歯があるならその萠出力も利用(あえて埋伏智歯を温存)、Quadratus inferior labiiに対する減張切開、Ⅱ級顎間ゴムの活用‥‥等々が考えられます。

このように専門医は、大臼歯の固定強化策(Anchorage Protecting Technique)をおさえておく一方で、Anchorage Slipping Techniqueも習得しておきたいものです。

◉ What does “Age 5” mean? 

「5歳」は、矯正歯科治療のポイントとなる年齢です。6歳臼歯(上下の第一大臼歯)は第二乳臼歯のTerminal planeに沿って萠出するために、6歳以前に上下顎骨の関係を整えておくのが望ましいです。また上顎骨の幅に関しても3歳~5歳までが乳歯の歯根が安定している時期なので回復は容易です。

日本における早期矯正歯科治療の問題点はいくつか考えられます。GPでマウスピース矯正やら床矯正をやっているあいだに、鼻腔の発育や下顎の成長方向是正を含めたOrthopedicな処置のタイミングを逃す、というのもそのひとつです。

矯正歯科処置の必要性が疑われる場合も、5歳に正貌セファログラム・側貌セファログラム・顔と口腔の写真記録を採取しておけば、概ねの成長傾向は把握できます。長期成長予測法を活用すれば、顔貌に配慮した上で、将来の小臼歯抜歯の要否の判定も可能です。治療をするかどうかは個々の事情で決めればいいだけです。『歯並びや顔の成長がへんだと感じたら5歳を目安に相談に来てください』・・・このように私どもの診療所では患者さんへ伝えています。

◉ Class Ⅲ Early Treatment

上顎では舌側にQ/H、唇側には0.016×0.022 inch Blue Elgiloy(乳犬歯部で90°位相変換)を歯面に沿わせて乳犬歯(ときには中切歯や側切歯)にcervical tieを行います。上顎をorthopedic に側方拡大しつつ、Arch depthを獲得しながら、中顔面をFacial mask (Reverse pull headgear)にて前方へ成長誘導します。牽引箇所は、第二乳臼歯から、もしくは乳犬歯からおこないます。Ricketts は下顎のBi-Helixで歯列の側方拡大をおこない、必要に応じて下顎乳犬歯にCervical hookをtieを施し、夜間はFacial mask、日中もⅢ級ゴムにて一日24時間上顎の前方への成長回復に努めていました。

メカニクスの基本原理は以上です。

日本人にあわせて私は異なるタイプのもの(上下顎に金合金製の3D-lingual arch)を使い、SectionやU-Aと組み合わせたりしています。嚥下異常のある小児ではQ/Hの後方Helixが危険な場合があるので、メカニクス上有効であって控える症例が少なくありません。

◉ Treatment Phases in Different Age Groups

「早期治療は大切」という意見はしばしば耳にします。たしかに、4歳~8歳ならばOrthopedicな処置は可能ですし、耳鼻科医の協力による呼吸問題の是正やMFTによる口腔習癖除去の可能性は高いといえましょう。

下顎第三大臼歯の早期歯胚摘出が必要なら口腔外科医と連携する必要もあるでしょう。長期成長予測から判断して、たとえ小臼歯抜歯が必要である症例であっても、Orthopedic な処置と下顎前歯の位置是正を先行し、適切なタイミングで小臼歯抜歯をおこなえば、歯列内外の筋肉がバランスする場所へ側方歯群は配列してくれるので、外科矯正症例や埋伏歯症例を除けば、仕上げ治療(Ⅱ期治療)期間の短縮にも寄与します。

早期治療とは、およそ12歳以降の矯正歯科治療とは種質を異にした(=より広範囲で複雑な生物学原理に立脚した)対応となります。包まず言うなら巷の講習会で宣伝されているほど簡単・シンプルではありません。医局の卒後研修を受けた専門医が、さらに自己研鑽を積まなければ臨床の現場に立つことができない、そう言っても差し支えはないでしょう。

Rikettsは、体の発育状況に照らして矯正治療を、

#1 Preventive phase

#2 Interceptive phase

#3 Corrective phase

の段階へ分け、各々の目標を明示しています。

◉ Adult Orthodontics の分類 

地域差もありますが、総じて成人矯正歯科治療は増加の傾向にあります。歯を移動させたい場所にすでにインプラントが植立されていたり、歯周疾患や根尖病巣で矯正歯科治療の制約があるなか長期の口腔健康保持に見通しが立たない症例も珍しくはありません。歯周疾患・歯内療法・補綴を専門的に診てくれる開業医がほとんど見つからないのも問題となります(厚生労働省保険局医療課医療指導監査室の資料に目を通して頂ければ日本の特殊事情もおわかりになるでしょう)。

Rikettsは成人矯正歯科治療をつぎのように大別しました。

(1) Ameliorative:Full correctionを要しない、臼歯のアップライトや片顎だけで済む症例

(2) Full Comprehensive:全顎にわたる矯正歯科治療

(3) Reclamative:オランダの埋め立てによう開墾などを意味する“reclamation”の造語で、咬合の再構築をおもに矯正歯科治療主導でおこなう

(4) Reconstructive:Reclamationよりも複雑になって、歯周・補綴・歯内療法・インプラントの専門医らが協力しあって一人の治療に当たる

(5) Surgical:下顎Sagital splitや上顎LeFort型の外科処置を併用する成人矯正歯科治療

初診の患者さんがいずれに相当するかを判断します。口腔内の状態が複雑であるほど、総合診療科のある大学付属病院等への紹介が望ましくなります。

9月8日(日)・9日(月)の実施報告〈その1〉

2019年9月13日

 

台風15号の影響で首都圏も交通が混乱しましたが、参加者皆様のお陰をもちまして、すべて予定通り進めることができました。来月、診療所マネージメントと治療計画立案実習・各種臨床実技が控えているため、濃厚な(少なからぬ疲労をおぼえる)セミナーとなった次第です・・・・お疲れ様!

9月のセミナー報告は生物学と専門臨床に深く立ち入って解説するため、「その1」「その2」「その3」「その4」にわけて掲載します。

「その1」「その2」では臨床理論を、「その3」「その4」ではRiketts自身が治療した症例の要点を記載します。生物学原理が縦横無尽に援用され、診断における彼の思考、具体的な臨床技術だけに注目しても、尋常ならざるレベルです。「息をを飲む」といっても過言ではありません。実際にも、初めて彼のセミナーを私が受講して30年近く経った今日でも、毎回見る度にあらたな気づきがあ
ります。専門臨床で、このような自由な思考と安全性を担保した繊細な技術を、個々の状況に応じて段階的に行使する臨床家は、私の知る限りほかに見当たりません。

ビデオを収録なさったアリゾナ州のクラーク・ジョーンズ先生から先月届いたメールでは、「この『惑星』で最も偉大な矯正歯科の研究をすすめた卓越した臨床家」と彼はRikettsを評していました。「誇張ではない」、そう思うのは私だけではないでしょう。

日本人症例へ活用できる場面が豊富ですので、受講者には、是非ともご自身の骨肉となさっていただきたいとおもいます。

◉ 下顎前歯:矯正歯科治療を計画する上で、下顎前歯の位置づけは、治療の安全性担保、最終の顔貌から歯列の安定に至るまで、大きな鍵を握ります。この重要性に注目したのがDr. Tweed。Tweedは下顎下縁平面と最初の根尖の位置を基準に下顎前歯の角度でもって絶対基準を求めようと試みました。しかし下顎下縁平面の角度は個々人で幅広く異なり、下顎後退症例では歯が前へ飛び出し、逆にBrachyでは後退させすぎてしまうので、この方法は棄却されました。2番目の基準面に採択したFH平面も、当時はメカニカルポリオンを使った設定であったため後方で15mm位の誤差がしばしば生じて信頼性に欠けました。3番目のFacial planeを基準にした計測法も、上下顎の前後関係が反映されないので、顔貌との調和を得る下顎前歯の位置を知るには至りませんでした。

※Tweedが下顎切歯の位置が重要であることに気づいたのは、Secondary edgewise法で顔貌を損なうほどの長顔化と、上下歯列の前突を招いた経験を契機とします。「大臼歯をⅠ級関係にすれば歯列は整うはず」との莫然とした予測(憶測)は、時代の風潮といっても差し支えないでしょう。

またTweed法が提唱された当初は、まだセファログラムは基礎研究に活用されていただけで、米国における臨床への全面普及は1950年代後半以降です。小臼歯4本抜歯による再治療をTweedは自身の費用負担で行い、同様の問題で悩んでいた多くの専門医の賛同を得た話は有名です。

 

※小臼歯抜歯を基調とするTweed法は、tertiary (第3次) edgewiseと呼ばれ、これを契機に彼の小臼歯抜歯法が矯正歯科治療の「標準術式」になりました。もちろん今日の我々の眼からは、明らかに小臼歯抜歯治療へ「振り子が振れすぎた(pendulum over swang)時代」でした。

 

◉ 一方、上下顎の相対関係に注目し、A-Po平面を採用したのが、Ricketts R. M。頭蓋発育の研究で名高いコペンハーゲンのSolowが提唱した“Compensation(相互の歩み寄り)”という生物学原理に照らし、この部位の評価と治療目標は相対診断で判断すべきであると、説いたのです。

ところで、下顎前歯を圧下移動するというメカニクスは案外古くから知られており、1914年頃からリボンアーチの臨床で普及しました。ところが、装具で歯を3次元に(文字通りキチキチに)動かす第二次エッジワイズ法からTweed法の全盛期にかけては、はぼすべての歯にバンドを装着してからContinuous archを使って歯を動かす術式に転換してしまったため、隣在歯(となり同士の歯)に相反力がはたらくことになりました。隣在歯同士が互いにアンカレッジとなり、同時に移動歯ともなり得る関係から、これを「Proxymal anchorage」と呼びます。一見すると非常に単純化された術式なのですが、相互の複雑な力関係と生体反応が蓄積され、その影響が歯列全体に波及します。多くは、下顎が後下方へ回転するなど咬合関係も一段と複雑化します。

この術式が普及してから、前歯の圧下移動は「不可能」と考えられるようになりました。このようにして、過剰に挺出している歯を歯槽部へ圧下移動させる(生理的な場所へもどす)治療上の大切な概念すら、人々の頭の中から薄らいで行きました。

それを、ユーティリティアーチの考案から始まり、歯根へlight continuous forceを付与することで、矯正歯科臨床に復活させたのがRickettsです。

(a)下顎前歯に関するこの診断を知るか知らないか? 

 

(b)その目標を臨床の場で実現できるかできないか? によって、大方の日本人症例では治療の成否が大きくわかれます。とくに下顎前歯のintrusionが技術的に自由に行使できないと、筋肉の比較的弱い症例や面長な成長傾向を潜在的にもつ患者さんでは開咬を招き、FX開大や顎関節の損傷といった医原性の疾病を付与させる危険性が増します。「症矯正治療」の既往のある初診患者では、専門医がしばしば目にする状況です。

※ A-Po平面:A点とオトガイのポゴニオンを結ぶ平面。

 

※ この発見には、イリノイ大学で親交の深かった人類学者 Lloyd DuBrul の影響がある。書籍 “The Adaptive Chin”, E. Lloyd DuBrul, Harry Sicher, The Pantagraph Printing and Stationary Company of Bloomington, Illinois, 1954刊行は、アリゾナ州のRicketts seminarにおける参考書。日本歯科大学の図書館にあります。

※ Proxymal anchorageのantithesisは、Transformo anchorage(distal anchorageとも)

 

◉ 「なぜ、A-Po平面に対する下顎前歯の評価が重要なのか?」を一同で検討しました。治療前に前歯被蓋が正常あるいは深い場合、不適切な矯正歯科治療で下顎前歯を過剰に挺出させるとオトガイの成長方向は乱れます。Facial type がBrachyでないかぎり、下顎骨の下方への回転が誘発され、大臼歯関係はⅡ級が強調され、表情筋も顔の垂直高径の増大へ適応するので、経時的に歯列は狭窄していきます。歯並びは一見したところ整うには整うのですが、なによりも患者固有の「表情」が治療をすることによって台無しになるおそれがあります。Utility archを代表とする各種技術の習得が大切な所以です。

※ Facial axisを医原的に開大させてしまう3大因子:下顎切歯部における咬合干渉、Reverce Spee curveを下顎continuous ワイヤーに付与することによる側方歯群の人為的挺出、上顎歯列にcontinuous ワイヤーを入れたままClass Ⅱ顎間をかけた場合の上顎前歯の過剰挺出。

◉ オトガイのどこを基準にするか?: 1958年に Bjorkはインプラントを用いた顔の成長研究の中でProtuberance mentiでは骨の添加も吸収も生じていないこと(成長中も安定していること)を報告しました。同時期に Enlow は、骨表面の組織学的研究の結果から、成長中もProtuberance menti (Pm) の外形が “reversal lineをなしたままである” 旨を述べました。Pmより上方は歯列が口腔周囲筋の働きで後へドリフトし、下方のオトガイは骨添加で「骨太」になり膨らみを増します。両者の移行部すなわち変曲点は、添加も吸収も相殺されるかたちで安定します。ご存知のとおり、リケッツ分析では、Protuberance menti (Pm)より若干前寄りにある Pogonion を使い、A点からPogonionを引いた線(顔から)を基準とします。これはPmが、人によって計測誤差が大きく生じ、わずかな上下の違いでPoint Aから引いた面(側貌セファログラム上は“線”)の角度も変わるからです。実際にも A-Pm平面ではなくA-Po平面の方が再現性が高く、したがって下顎前歯の計測には適切な基準面といえます。

◉ 治療目標としての「A-Po to L1」が決定したら、歯列幅径を舌が生理的に無理なく機能できる状態まで拡大するかどうかを踏まえて下顎大臼歯の位置を決めます。それを長期成長予測図(Visual Treatment Goal)へ記入しますが、7-8歳までの若年症例において、もしも中顔面のOrthopedicな処置を計画する場合は、上顎骨の3次元的な変化に応じてA点の位置やA-Po平面が変わります。VTGに描く新規のA-Po平面に合わせて目標とする歯列の位置を記入します。

なお、Class Ⅱ症例の大半は、口腔環境(口が半開きで顔が上方に持ち上がっている筋肉の動態)に適応する形で上顎が狭窄しているので、側方拡大処置を要するでしょう。

また、小臼歯抜歯・非抜歯に関してアリゾナの講義で、Rickettsが卓見を述べたので記しておきます・・・I’m going to upright it [the incisors] because I think people are going to be happier, maybe [the denture will be] more stable. That’s the way I’m going to do. But if I got a chance of putting all teeth in, and I can make it harmonious with what that total genetic is, what that culture is….

8月18日(日)、19日(月)の報告

2019年8月25日

8月18日(日)・19日(月)

R セミナー研修会 報告

【 8/18 19 日曜 月曜 学理セミナー・実習・症例検討】

今回は学理が10時間、実習1時間、症例検討1時間の配分で進行。

とくに、②の「Decision making process」の講義は、Ricketts seminar以外で私は聴講したことがなく、その方法が、子どもらの進学就職やら細々した日常生活上の判断にも活用できる特徴があります。いわば普遍性のある意思決定の方法。

⑥⑦⑧⑨は、1990年のRicketts日本特別講演の主題です。「I’ve always been interested in the evolution. My guess is that it’s said anybody who doesn’t understand where things came from tends to repeat the failures.」と彼自身が明言したことからも、医療における歴史の断絶は大きな問題をはらみます。

⑥⑦⑧は、Bioprogressiveが生まれた背景を知るのにもとても便宜でしょう。原著は医療系大学の図書館で見つかります。講師がBioprogressiveに初めて触れたのは歯科大5年のとき偶然図書館で見かけたこの書籍。世の中には、凄い人がいるものだと驚きました。

① 長期成長予測法の復習 ― Ba-N平面は正中にあり、フランクフルト平面は左右外側の解剖学指標で決定する面であるために、Ba-N平面に対する関節窩の成長予測は難しく、さらに個体差が大きい特徴があります。口蓋平面、A点、歯列、軟組織の予測法を、別の切り口から解説し、日本人複数症例で実際の変化を検討しました。

② 矯正歯科臨床における治療指針決定の思考プロセス ― 認識に出すことの大切さ ― が強調されています。別言すれば「自分自身を分った気にさせない。」ソクラテスの「汝自身無知であることを知れ(究極の問題としては人は無知である)」と些か類似している感じもあります。不確実性はこの種の医療判断に限った問題ではなく、あらゆる社会事象につきまといます。そのような中で最終判断を慎重に下し、問題の所在と対策を列記することで、一度あたまの認識に出し、煮詰まってきた対応策をさらにPPF(Possibility, Practicality, Feasibility)の作業で絞り込んでゆく・・・そのような思考プロセスです。臨床者の成熟には欠くことのできない地道な作業ですが、それを自身の経験に照らして具体的に話をしてくれた臨床者は、私の知る限り、他の診療科ではいらしても、矯正歯科ではきわめて僅かなことが今さらながら不思議に思われます。

③ Modality selection ― *modality: 医学では類似した症状・徴候における薬剤の使用法。外交政治などでは手順や方法。一般には様式として特徴的な性質。診断、予後の予測、具体的な治療計画の立案、そして実際の処置に、個別的なModality, Phasing, Staging があることがBioprogressiveの特徴のひとつです。Step 1, 2 , 3の治療など存在しない、ということが前提です。

④ 顔面タイプ別のブラケットFormulas ― 治療前の歯列、顔面タイプによって上顎前歯のブラケットトルクを変えるのが望ましいのですが、惜しくも現在はこの個別化されたブラケットは市販されていません。上顎ユーティリティアーチで治療の中盤からトルクの調節をすればよいでしょう。

⑤ Mechancial science ― バンド・ブラケット・アーチワイヤー等々のデザインの進化の背景について論じました。何故そのような形になったのか? 何故その材質が採択されたのか? ― ものごとの由来を知れば知るほど、未来に向けた新素材・新技術の開発や活用が促されます。

⑥ 矯正歯科の歴史概論 Epoch Ⅰ― *Epoch: ある特色に彩られた時代。アングルによる科学的な意味における矯正臨床が成立する以前の歴史です。歯科大学はまだなかったので、医師の中で口腔領域の形態異常や機能異常に興味を抱いた人々が、物理療法を主体に経験則に基づいて治療を行っていました。1700年代中ごろから1900年初頭までです。

⑦ Epoch Ⅱ ― きわだつ活躍を成したのがアングルですが、そのほか様々な思想と、材料・技術の進歩が見られました。アングルの最大の貢献は、Rickettsの見解としてPrefablication ― 今日の我々もその恩恵に浴しているわけです。 

⑧ Epoch Ⅲ ― エッジワイズ法が1928年に完成しました。しかし、Full strap upをシステム的に行うことによって、たとえば1914年に報告され1916年には広く普及していた筈のリボンアーチを用いた下顎前歯intrusionの発想が薄らいだり、小臼歯Non-extractionで治療期間が3~6ヶ月という生物学上はあまりにも無茶な治療期間で歯だけを並べる治療が流行り、上下の歯列前突と医原病としての長顔化が問題となりました。初期のエッジワイズ法でははじめのワイヤーを使って治療を終える単純な術式でしたが、前上方へ傾ける下顎前歯の咬合干渉など、医原的な問題が少なからず見られました。それに気づいたツイードが登場し、小臼歯抜歯による治療へ大きく舵を切った時代です。反動が大きすぎたためか、いつしか「Orthopedicな変化を活用した成長概念」や「患者の個体差への配慮」、あるいは「装置と治療システムそのものがもつ制約と問題」が顧みられなくなったとも言えましょう。

⑨ Epoch Ⅳ ― Bioprogressiveの新時代です。上記の問題点をRickettsがひとつひとつ乗り越え、一大治療体系を築きました。残念なことに現代は、生物学的な思考や患者の個体差への配慮がかなりBioprogressive成立当初(彼のセミナーは1964年にスタート、概ねの基盤は1950年代後半成立)から、希薄になったように思えます。医療が自由経済競争に組み込まれ市場原理が支配する時代となって開業医療者に心的余裕がなくなってきたのは事実でしょう。材料と技術の進歩に目が眩むのは致し方ないにしても、機械的に手間暇かけずに歯を並べることへ傾いてきたのは危険な徴候だと個人的には考えています。いまでは歯列を直接スキャニングして技工所で3Dプリントし送られてきた装置を口に入れればよい、そんな誘惑に駆られるのは、時代の風潮でしょう。もしそれだけで済むのなら、初診患者数は一日30名でも可能ですが、生体はそのような注文には応えてくれません。

⑩ 微弱な力による侵襲性の低減対策 ― Rickettsの業績のひとつです。1950年代初頭にはふたりの基礎研究者の活躍がありました。ノルウェーのReitan、オーストラリアのStoreyです。StoreyとRicketts R. M.は親しく、他にも多くの示唆を受けた様子です。(例えば、Q/Hの作動様式。)

⑪ アンカレッジを見積もった治療 ― Bioprogressive以前は、アンカレッジを詳細に見積もり、それを具現するメカニズム、治療中にモニターする方法がありませんでした。というより治療を計画立案する当初からアンカレッジを見積もる必要性すら認識されていなかった節があります・・・治療はなるようにしかならないだろうと。

⑫ Vistas in Orthodontics(1964) ― 「Clinical research」の章はRickettsが草しました。Bioprogressiveが産声を上げたときと重なります。特徴として、セファロ、軟組織・呼吸・歯列の関係、Orthopedicな変化、顎関節などの複数の彼の論文が統括されていることです。個々の研究で業績を上げる人はいても、複数の研究を統括する人は稀です。全貌が俯瞰するように見え、各々の研究の焦点が最終的に一点に絞られ、かつそれが明確でなければこれはできません。

⑬ Bioprogressiveの“progression”の意味 ― 「脳は自分自身はわからない」最新の精神医学の成果です。Ricketts自身も、個別的に計画されたPhasingあるいはStagingされた、いわば段階的な最大非侵襲の治療を、先人らの業績を踏まえて変革していきながら、何故自分がそうなったか(プログレッションをせざるを得なかったか)を説明するとき、普段の講義と違って歯切れのよさを感じませんでした。彼亡き後、「分割ワイヤーがBioprogressiveだ」、「Ricketts分析法がBioprogressiveだ」、「段階的な治療手順に沿うべきだ」、「Quad helixとCervical tractionがBioprogressiveだ」、「ユーティリティアーチはBioprogressiveだ」といった意見の混乱も見られるようになりました。実はどの意見も特定の切り口から見れば正しいのです。が、惜しくも物事の一端を捉えているに過ぎない ― 我々矯正歯科の臨床家としては、Rickettsそのものを捉えるより他に、自分自身がプログレッションをしてゆく方法は無いのです。我々の仕事は個々の状況で刻々と変化して行く生体に対して適切な判断と処置を逐次選択して行くのですから‥‥。そうしないと、固定思考や決められた治療手順へ自分自身も患者さんも嵌め込みかねない。こんな「プログレッションの意味の誤認」に対して、彼は生前警鐘を鳴らしていました。

⑭ Cephalic typeと前後頭蓋底の個別的成長予測法 ― 蝶形骨大翼と対側の側頭骨錐体は、直線をなします(左右でちょうどX字)。そして関節窩は錐体のやや前に位置して後方外方へ向かうので、その成長も、X字のひらき具合と密接に関係します。経頭蓋法で撮影しなくても、個々の患者のX字のひらき具合は、Cephalic typeの観察で概ねの検討はつきます。頭蓋幅径が狭く前後に長くなっており、かつ後頭蓋基底がもともと長い症例では、関節窩はより大きく後方へ発育する傾向が伺えます。もっとわかりやすく考え、関節窩の位置がPorion locationと密接にかかわることから、治療前の小児でPolion location to PTVの値が大きいⅡ級症例では、下顎骨が平均の成長を保ったにせよⅡ級関係の改善は困難であると判断したりします。この種の臨床判断を、長期成長の関節窩の予測位置として記入します。

⑮ アンカレッジの階層的捉え方 ― 詳細は省きます。Rickettsは下記のように歯牙移動に抵抗する組織の段階を捉えていました。

[a] 歯根膜内の組織液、

[b] 歯根膜の伸張、

[c] Lamina dura、

[d] 海綿骨、

[e] 皮質骨。

さらにこれとは異なる切り口で臨床に直結するアンカレッジを、

[f] 筋肉、

[g] 口腔外牽引装置による固定強化、

[h] 成長に分類していました。

[f]を単純に「噛む力」と解し去ってはいけません。たしかに咬合斜面と日常のしっかりとした咬合がもたらす安定は固定源の保全にも繋がりますが、下唇のQuadratus inferior labiiの影響は計り知れません。[h]はさらに理解困難かもしれません。下顎の水平成長が旺盛な特長を有つ症例では、cervical tractionで上顎第二乳臼歯や第一大臼歯を保持しておく間に、下顎の成長でおのずとⅡ級関係の是正を図ることが出来る症例もあります。逆に、Facial axisを医原的に開大させてしまうとⅡ級関係の是正はきわめて困難な状況へ陥ります。その意味では、[h]はアンカレッジの均衡に影響する要素として見る方が自然ですし、臨床上も分かり易いのではないでしょうか。

⑯ ワイヤー操作で不可欠なTransformo anchorage ― 対義は「Proximal anchorage」。Transformo anchorageはアングルも臨床で多用していましたが、「全ての歯牙にブラケットを付けてエッジワイズ法で治す」概念が広まるにつれ、臨床者の思考のdrop outしてしまったようです。Transformo anchorageの技術が自在に使いこなせないと、Bioprogressiveの治療をしていても生体侵襲性は高まるので、注意を要します。

⑰ 皮質骨固定と下顎第二第三大臼歯の固定源としての活用 ― 症例検討。

⑱ Root rating scaleの活用と日本人への適用に際しての注意 ― 歯根が比較的長く咀嚼も嚥下もしっかりしている白人の標準値をそのまま日本人の臨床に採用することは控えるのが望ましいでしょう。力は、歯根の各部に対する圧力として扱います。上顎犬歯は75グラムで引けば良い、などと機械的な思考で治療を行うのはいささか問題です。歯根への圧力配分、皮質骨回避術の適用、対合歯と干渉回避、疼痛に対する個別的閾値、小臼歯なら大臼歯遠心移動に追従する自然な遠心移動が期待出来るの力を低める、といった最低限の知識を踏まえて、ループワイヤーのactivationやパワーチェーンの作動を行います。とくにsliding mechanicsで問題なのが、ブラケットスロットとワイヤーの間の摩擦です。工業分野で活用されているトライボロジーという学問は、矯正歯科治療の安全な施行にも参考となります。

⑲ 各種Sectional wire ベンディング実習

⑳ 下顎第三大臼歯の早期歯胚摘出と歯列変化 ― 症例検討

㉑ 下唇方形筋(Quadratus inferior labii)の活用 ― 症例検討

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