セミナー実施報告|矯正歯科医・小児歯科医のためのRセミナー

9月8日(日)・9日(月)の実施報告〈その1〉

2019年9月13日

 

台風15号の影響で首都圏も交通が混乱しましたが、参加者皆様のお陰をもちまして、すべて予定通り進めることができました。来月、診療所マネージメントと治療計画立案実習・各種臨床実技が控えているため、濃厚な(少なからぬ疲労をおぼえる)セミナーとなった次第です・・・・お疲れ様!

9月のセミナー報告は生物学と専門臨床に深く立ち入って解説するため、「その1」「その2」「その3」「その4」にわけて掲載します。

「その1」「その2」では臨床理論を、「その3」「その4」ではRiketts自身が治療した症例の要点を記載します。生物学原理が縦横無尽に援用され、診断における彼の思考、具体的な臨床技術だけに注目しても、尋常ならざるレベルです。「息をを飲む」といっても過言ではありません。実際にも、初めて彼のセミナーを私が受講して30年近く経った今日でも、毎回見る度にあらたな気づきがあ
ります。専門臨床で、このような自由な思考と安全性を担保した繊細な技術を、個々の状況に応じて段階的に行使する臨床家は、私の知る限りほかに見当たりません。

ビデオを収録なさったアリゾナ州のクラーク・ジョーンズ先生から先月届いたメールでは、「この『惑星』で最も偉大な矯正歯科の研究をすすめた卓越した臨床家」と彼はRikettsを評していました。「誇張ではない」、そう思うのは私だけではないでしょう。

日本人症例へ活用できる場面が豊富ですので、受講者には、是非ともご自身の骨肉となさっていただきたいとおもいます。

◉ 下顎前歯:矯正歯科治療を計画する上で、下顎前歯の位置づけは、治療の安全性担保、最終の顔貌から歯列の安定に至るまで、大きな鍵を握ります。この重要性に注目したのがDr. Tweed。Tweedは下顎下縁平面と最初の根尖の位置を基準に下顎前歯の角度でもって絶対基準を求めようと試みました。しかし下顎下縁平面の角度は個々人で幅広く異なり、下顎後退症例では歯が前へ飛び出し、逆にBrachyでは後退させすぎてしまうので、この方法は棄却されました。2番目の基準面に採択したFH平面も、当時はメカニカルポリオンを使った設定であったため後方で15mm位の誤差がしばしば生じて信頼性に欠けました。3番目のFacial planeを基準にした計測法も、上下顎の前後関係が反映されないので、顔貌との調和を得る下顎前歯の位置を知るには至りませんでした。

※Tweedが下顎切歯の位置が重要であることに気づいたのは、Secondary edgewise法で顔貌を損なうほどの長顔化と、上下歯列の前突を招いた経験を契機とします。「大臼歯をⅠ級関係にすれば歯列は整うはず」との莫然とした予測(憶測)は、時代の風潮といっても差し支えないでしょう。

またTweed法が提唱された当初は、まだセファログラムは基礎研究に活用されていただけで、米国における臨床への全面普及は1950年代後半以降です。小臼歯4本抜歯による再治療をTweedは自身の費用負担で行い、同様の問題で悩んでいた多くの専門医の賛同を得た話は有名です。

 

※小臼歯抜歯を基調とするTweed法は、tertiary (第3次) edgewiseと呼ばれ、これを契機に彼の小臼歯抜歯法が矯正歯科治療の「標準術式」になりました。もちろん今日の我々の眼からは、明らかに小臼歯抜歯治療へ「振り子が振れすぎた(pendulum over swang)時代」でした。

 

◉ 一方、上下顎の相対関係に注目し、A-Po平面を採用したのが、Ricketts R. M。頭蓋発育の研究で名高いコペンハーゲンのSolowが提唱した“Compensation(相互の歩み寄り)”という生物学原理に照らし、この部位の評価と治療目標は相対診断で判断すべきであると、説いたのです。

ところで、下顎前歯を圧下移動するというメカニクスは案外古くから知られており、1914年頃からリボンアーチの臨床で普及しました。ところが、装具で歯を3次元に(文字通りキチキチに)動かす第二次エッジワイズ法からTweed法の全盛期にかけては、はぼすべての歯にバンドを装着してからContinuous archを使って歯を動かす術式に転換してしまったため、隣在歯(となり同士の歯)に相反力がはたらくことになりました。隣在歯同士が互いにアンカレッジとなり、同時に移動歯ともなり得る関係から、これを「Proxymal anchorage」と呼びます。一見すると非常に単純化された術式なのですが、相互の複雑な力関係と生体反応が蓄積され、その影響が歯列全体に波及します。多くは、下顎が後下方へ回転するなど咬合関係も一段と複雑化します。

この術式が普及してから、前歯の圧下移動は「不可能」と考えられるようになりました。このようにして、過剰に挺出している歯を歯槽部へ圧下移動させる(生理的な場所へもどす)治療上の大切な概念すら、人々の頭の中から薄らいで行きました。

それを、ユーティリティアーチの考案から始まり、歯根へlight continuous forceを付与することで、矯正歯科臨床に復活させたのがRickettsです。

(a)下顎前歯に関するこの診断を知るか知らないか? 

 

(b)その目標を臨床の場で実現できるかできないか? によって、大方の日本人症例では治療の成否が大きくわかれます。とくに下顎前歯のintrusionが技術的に自由に行使できないと、筋肉の比較的弱い症例や面長な成長傾向を潜在的にもつ患者さんでは開咬を招き、FX開大や顎関節の損傷といった医原性の疾病を付与させる危険性が増します。「症矯正治療」の既往のある初診患者では、専門医がしばしば目にする状況です。

※ A-Po平面:A点とオトガイのポゴニオンを結ぶ平面。

 

※ この発見には、イリノイ大学で親交の深かった人類学者 Lloyd DuBrul の影響がある。書籍 “The Adaptive Chin”, E. Lloyd DuBrul, Harry Sicher, The Pantagraph Printing and Stationary Company of Bloomington, Illinois, 1954刊行は、アリゾナ州のRicketts seminarにおける参考書。日本歯科大学の図書館にあります。

※ Proxymal anchorageのantithesisは、Transformo anchorage(distal anchorageとも)

 

◉ 「なぜ、A-Po平面に対する下顎前歯の評価が重要なのか?」を一同で検討しました。治療前に前歯被蓋が正常あるいは深い場合、不適切な矯正歯科治療で下顎前歯を過剰に挺出させるとオトガイの成長方向は乱れます。Facial type がBrachyでないかぎり、下顎骨の下方への回転が誘発され、大臼歯関係はⅡ級が強調され、表情筋も顔の垂直高径の増大へ適応するので、経時的に歯列は狭窄していきます。歯並びは一見したところ整うには整うのですが、なによりも患者固有の「表情」が治療をすることによって台無しになるおそれがあります。Utility archを代表とする各種技術の習得が大切な所以です。

※ Facial axisを医原的に開大させてしまう3大因子:下顎切歯部における咬合干渉、Reverce Spee curveを下顎continuous ワイヤーに付与することによる側方歯群の人為的挺出、上顎歯列にcontinuous ワイヤーを入れたままClass Ⅱ顎間をかけた場合の上顎前歯の過剰挺出。

◉ オトガイのどこを基準にするか?: 1958年に Bjorkはインプラントを用いた顔の成長研究の中でProtuberance mentiでは骨の添加も吸収も生じていないこと(成長中も安定していること)を報告しました。同時期に Enlow は、骨表面の組織学的研究の結果から、成長中もProtuberance menti (Pm) の外形が “reversal lineをなしたままである” 旨を述べました。Pmより上方は歯列が口腔周囲筋の働きで後へドリフトし、下方のオトガイは骨添加で「骨太」になり膨らみを増します。両者の移行部すなわち変曲点は、添加も吸収も相殺されるかたちで安定します。ご存知のとおり、リケッツ分析では、Protuberance menti (Pm)より若干前寄りにある Pogonion を使い、A点からPogonionを引いた線(顔から)を基準とします。これはPmが、人によって計測誤差が大きく生じ、わずかな上下の違いでPoint Aから引いた面(側貌セファログラム上は“線”)の角度も変わるからです。実際にも A-Pm平面ではなくA-Po平面の方が再現性が高く、したがって下顎前歯の計測には適切な基準面といえます。

◉ 治療目標としての「A-Po to L1」が決定したら、歯列幅径を舌が生理的に無理なく機能できる状態まで拡大するかどうかを踏まえて下顎大臼歯の位置を決めます。それを長期成長予測図(Visual Treatment Goal)へ記入しますが、7-8歳までの若年症例において、もしも中顔面のOrthopedicな処置を計画する場合は、上顎骨の3次元的な変化に応じてA点の位置やA-Po平面が変わります。VTGに描く新規のA-Po平面に合わせて目標とする歯列の位置を記入します。

なお、Class Ⅱ症例の大半は、口腔環境(口が半開きで顔が上方に持ち上がっている筋肉の動態)に適応する形で上顎が狭窄しているので、側方拡大処置を要するでしょう。

また、小臼歯抜歯・非抜歯に関してアリゾナの講義で、Rickettsが卓見を述べたので記しておきます・・・I’m going to upright it [the incisors] because I think people are going to be happier, maybe [the denture will be] more stable. That’s the way I’m going to do. But if I got a chance of putting all teeth in, and I can make it harmonious with what that total genetic is, what that culture is….

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