セミナー実施報告|矯正歯科医・小児歯科医のためのRセミナー

9月8日(日)・9日(月)の報告〈その9〉

2019年12月10日

 

  • Case Study 10 Prediction & Treatment Design

 

Female Age 9, Class Ⅱ, Mesio face, Quadratus inferior labii, Sub-labial release, Impacted lower canine, Non-extraction.

 

下唇方形筋(Quadratus inferior labii)の左右筋束が強固に連続して、深い下唇溝を形成している症例(写真-1)。

左下の埋伏犬歯は、反対側の犬歯にほとんど近接するところまで、歯槽骨中で水平に移動しています(写真-2)。

 

これ程の重篤例は稀でしょう。

“Sub-labial release” とも呼ばれるRickettsが考案した手術と、埋伏犬歯の開窓、想定される移動経路の皮質骨切除、級ゴムを併用した上顎埋伏犬歯のスペース獲得、段階的なde-banding法、Therapeutic ideal occlusion が、本症例で示されています(写真-3)。

セミナーでは、上記の豊富な内容が、わずか30分で語られていました。 

 

【治療経過】

下顎U-A にて左下埋伏犬歯の萠出スペースを概ね確保したあと、いちど、下顎切歯の歯根を舌側へ移動させ、誘導する犬歯との接触を事前に回避しました。

かかる準備を整えた上で、埋伏犬歯の開窓術と、Quadratus inferior labii の骨付着の剥離術を同時に施行。後者は、下顎歯列の前方からの締め付けが過剰となっている同筋肉の緊張低減です。具体的な術式は、口腔外科の専門誌にも残されていませんので、ミシガン大学で行われたインタビューをYouTubeで御覧ください。拙書「An Interview with Dr. Robert M. Ricketts DDS, MS April 13, 1987」にも、和文とともに術式が掲載されています。

開窓術のポイントは、(A) 誘導経路上の皮質骨をすべて削除したこと、そして (B) 血液供給の豊富な歯嚢を、部分的に残したことです。歯嚢を「きれいに」取り去ってしまうと、移動経路上の歯槽骨がなかなか吸収されずに埋伏歯の移動が遅延します。

ダイレクトボンディングのない時代だったので、一部露出させた歯冠に、その豊隆に適合させたバンドマテリアルを、グラスアイオノマーセメントで合着させました。当然、過大な牽引力で直ちに脱落してしまう接着強度です。

牽引はエラスティックスレッド(写真-4)。

剥離した歯肉粘膜を戻して縫合します。縫合完了時の写真は提示されなかったので詳細は不明ですが、埋伏歯やスレッドに覆い被さっていたかも知れません。

段階的な De-banding の方法と、安定した保定に有効なオーバーコレクション(写真-5)です。

術後の下唇溝の変化(写真-6)と良好な歯周組織の治癒(写真-7)です、十分な付着歯肉が再生しています。

 

左下犬歯の誘導が一段落したところで、L-loop付きの連続ワイヤーで、上顎犬歯の萠出スペースの獲得に努めつつ、級顎間ゴムの力で上顎第1大臼歯を遠心移動させました。

術後、ほどよく  Quadratus inferior labii は下顎前歯へ作用したかにみえます。下顎第1大臼歯のアンカレッジは級顎間ゴムの使用にもかかわらず、十分保たれていたからです。

術後の Therapeutic ideal occlusion、それ自体が歯列の安定性を保ちます。セミナーの中では咬合の仕上げの重要性が強調されていました。

 

 

  • Case Study 11 Prediction & Treatment Design

 

Female Age 11, Tight lips, Class Ⅱ, Mesio face with dolicho tendency, Sever crowding of lower incisors.

 

Principle of expansion を示した症例です。

上下の歯列は狭窄し、下顎前歯に著しい叢生を認めます(写真-8)。

専門医72名が集った会合で、Ricketts が本症例写真を提示したところ、抜歯部位については種々に意見が分かれたものの、すべての人が「下顎歯列の抜歯は不可避」と答えたそうです。

術後のパントモで上下左右の智歯がないことから、智歯先欠の症例でないかぎり、治療中あるいは保定中に智歯を抜去したことになります。

この症例のポイントは、

(A) 口腔の筋肉の再適応と歯周組織の経年変化からみた適応限界

(B) ループ付きU-Aの臨床応用

(C) Ricketts Cervical traction に関する基本的な考え

(D) 小臼歯の遠心ドリフト

 (E) バンドが主流であった時代における審美に配慮した治療、に集約されます。

 

【治療経過】

上顎は Cervical traction にて第1大臼歯を遠心へ移動。同時に、Inner bow にて歯列を側方へ拡大。正確には歯列幅径の回復です。

下顎歯列は、T-loop L-loop を組み合わせたU-A(写真-9)にて、前歯の叢生を解消し、圧下移動 および前方移動 を行いました。

このユーティリティアーチは、同様の日本人症例でも大変有効です。実際、筆者自身の臨床を振り返って、この術式を知らなかったら乗り越えることはできずに、治療結果も大幅に妥協 せざるを得なかった患者さんが数十名はいらっしゃいます。ループが緊張した下唇溝組織の歯肉への圧迫を防いでくれるために、圧迫性歯肉退縮の問題も回避できて安全です。この連続ループに関して患者さんが抱く違和感は、装置の外見に反して少なく、もしループの高さや形状が適切であれば、ベーシックU-Aよりも快適です。

上顎側方歯の級関係は Cervical traction で是正、第1大臼歯の移動につれて上顎第1, 2 小臼歯は自然に遠心へ動いたものの、犬歯は級関係が残っているため、同歯に「サービカルtie(歯頚部にKobayashiフックを結紮したもの)」を施し、級ゴムをかけて上顎歯列の仕上げを完了しています

もちろん、対合歯との咬合干渉が起こる場合であれば、ブラケットを付けてセクショナルワイヤーで圧下移動させつつ級顎間ゴムをつかうことになります。

Post retention の所見です。35歳の検診時、歯列は極めて安定しています(写真-10)。

下顎前歯の歯肉退縮が生じていました(写真-11)。

Lower tight lip の経年的な影響が考えられます。筆者の臨床では、小臼歯 Non-ext 症例で、日頃たいへん精神の緊張が強いられる仕事に就いていた方で同様の歯肉退縮が生じました。Ricketts の本治験例も、女医として働いていた方なので、局所的な要件とはちがった、そのような背景があったかも知れません。

改善策として歯肉移植(通常は口蓋粘膜から移植)を Ricketts は提示しましたが、患者から「とくに困っていることはない」ということでそのままにしてあります。

 

 

  • Case Study 12 Prediction & Treatment Design

 

Female Age 12 (almost13), Sever open bite with sever dolicho face, Chronic tonsillitis, Abnormal crown restoration of 4 first molars.

 

成長期中に、2年間ほど慢性口蓋扁桃炎があった患者です(写真-12)。

正常な嚥下は機能は失われ、代償性に舌突出癖が発現しました。正貌セファログラム所見からは、左の下鼻甲介粘膜が腫脹しているので、鼻閉は扁桃炎以前から存続していたのかも知れません。Dolicho な顔貌は、父親からの遺伝的な影響も濃厚です。

・・・・・どう見ても、外科矯正の適用と思われます(写真-13)。

さて、これを非外科で Ricketts がどのように治療したのかを見てみましょう。

 

【治療計画の立案・経過】

上下左右の第1大臼歯をすべて抜去。

パントモ所見から、かりに第2大臼歯がやや近心へ移動すれば上下智歯が良好に咬合するであろうと直観的には考えられますが、それと第1大臼歯の抜歯とは、「臨床の常識」としては、なかなか結びつかないでしょう。ましてや、第1大臼歯の4本の抜去を行ったにせよ、過大に開いた下顎骨の成長が着実に回復する保証は見当たりません。

なにを以って、大胆とも思える本治療方針を採用したのか? 我々の1番知りたいところは、その判断のよりどころです。

以下は、「こう考えたのではないか」という、あくまでも筆者の憶測。繰り返しますが、推察の領域のはなしです。

 

(1)オープンバイトの回復をもっとも阻害しているのが、異常嚥下や顔の変形がおきた状況下で製作された補綴物です。シッカリ奥歯で噛もうが、過剰に延び出た上に平坦で高い咬合面が付与されたクラウンをどうにかしなくてはなりません。露髄するまで削る? 思い切って抜去する?・・・矯正歯科治療に進むにはどちらかを選択せざるを得ません。

(2)12歳という年齢は(個人差は当然あるものの)、第2大臼歯は歯肉からみえても旺盛な萠出期にあり、第1大臼歯4本抜去で顔面高の回復が、ある程度は期待できる。

(3)ANSOrthopedicに降下させることは技術的に可能であり、年齢的にもギリギリ行ける。上顎第2小臼歯へ Ricketts Cervical traction を適用したことからも、これには疑いの余地はありません。

(4)Myo functional training は本症例では不可欠と思われるが、この患者は訓練に対して全面的に協力をしてくれるものと判断した。

なお、智歯にバンドを付けることなく動的処置を完了した様子です。治療前の正貌セファログラム所見で、智歯のトルクに異常は認められませんでした。

総じて眺めるなら、「常識を覆した」というよりも、「生物学原理を地道に積み上げた経験の治療計画、ならびにその未開拓な領域への安全性を担保した上での挑戦」と捉えるのが適切ではないでしょうか(写真-14, 15, 16)。

 

筆者の臨床でも興味深い級オープンバイト症例があります。この成人女性には、初診時、外科矯正を勧めました。初診から7年後に再来院し、どうしても非外科矯正で噛み合わせを整えたいとの希望がありました。治療の現実範囲を理解してもらった上で、過剰に挺出していた下顎右側の第1大臼歯と左側第2小臼歯を抜歯、二十歳後半であったにもかかわらずFXが閉鎖し、無事に会話や咀嚼、そして美的にも満足していただける成果を収めることができました。

ただし、オープンバイト是正のために第1大臼歯を抜去するという術式は、患者さんの期待値、顎関節の健全性や舌をはじめとする口腔諸筋群の遺伝的特性、頭蓋基底の形状、下顎骨の形状、耳鼻科系の疾患の有無や程度、MFTへの患者自身の取り組み・・・等々の不確定な事項が山積するため、一般的には確実性はすくないと言って差し支えはないでしょう。臨床者にとっても、神経を磨り減らすほどの繊細な処置と不測事態への対応能力が要請されるため、中顔面に対する LeFort 型処置を併用した外科矯正が通常の医療処置となります。

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