2019年11月4日
Case Study 7 — Discussion & Possibilities
Male Age 8, Severe Class Ⅱ Open Bite, Poor oral hygiene with a lot of abscess (deciduous teeth) , Narrowed upper denture, Over-treatment with Headgear, Growth potential, 4−4 Retainer.
バイオプログレッシブ におけるⅡ級早期治療例(写真 1-6)。
6歳の時、別の専門医を受診した折り「矯正歯科治療には早過ぎる」と伝えられた患者です。8歳になって Ricketts の診療所を訪れました。両側上顎乳歯は外傷で脱落、それに起因したと思われる後継永久歯のエナメル減形成が認められます。前医で撮影した側貌セファログラムとの比較では、オーバージェットはおよそ 12 mm のまま、しかし下顎前歯は口蓋粘膜に触れる直前へ過剰萠出してきています(写真 2)。
口腔内清掃は不良、数本の乳歯には歯髄感染による膿瘍が形成されています。上顎歯列は強度に狭窄し、上顎前歯切端は、乳前歯の外傷脱落とは別件の外傷によって欠けています。
「もし4歳か5歳の時に診察できていたら、外傷は避けることができたかも知れぬが、わからない」‥‥Ricketts の補足です。
【治療計画・治療経過】
Cervical traction にて中顔面の Orthopedic な是正を図りました。上顎歯列は狭窄していますが、側方拡大処置は Q/H を用いずに、Headgear のインナーボウ単独で側方拡大をおこないました。
「上顎第2乳臼歯にQ/Hを装着し、それから同歯に Cervical traction のバンドを‥‥」という順番を考えるバイオプログレッシブの専門医も多くいるかも知れません。勿論、本症例のように下顎歯列も狭窄する場合、上顎の積極的な拡大に併行して、下顎歯列も拡げます。それをしなかったのは、たぶん、膿瘍を形成して歯根が弱っている下顎第2乳臼歯を利用することができなかったからでしょう。
さいわい下顎前歯は、まだ口蓋粘膜に食い込むほどには萠出していなかったので、下顎前歯圧下用の U-A を適用せずに、Cervical traction にてⅡ級関係から Super class Ⅰ への Orthopedic な是正を行ったものと考えられます。
その後、仕上げ処置を経て保定へ移行しました(写真 3)。
保定は、下顎第1小臼歯間のバンドリテーナー、上顎には夜間のみ可撤式リテーナーを使用。
注目すべきは、Post retention で上下の歯列幅径が自然に増し(写真 4)、下顎アーク状成長がきわめて旺盛に発揮されたことです(写真 5)。
顔立ちがしっかりして、別人のようです(写真6)。
日本人症例では、これほどしっかりとした下顎成長は、少なくとも筆者の臨床経験の中では稀です。
「これは、患者が潜在的に有していた Growth pattern であると思われる」と Ricketts は語っています。歯列を取りまく(または支持する) 生体組織全体の環境が早期に整い、なおかつ、Catch up growthの時間的なゆとりがあれば、 Growth potential が順当に発現される可能性は少なくありません。本症例の中でこのことを、とくに示したかったのだと筆者は想像しています。
専門医のあいだの一般認識として、
「Headgear の治療で下顎は開大 (FX opening) して発育し、Ⅱ級関係の改善がそれによって相殺、もしくは増悪される」との考えが根強く残っています。たしかに、呼吸系の問題や舌癖が残る Dolicho facial pattern の患者ではこれは事実でしょう。
ところが、生物は「抗性」といわれる反応系をもっています。環境に適応しつつも抵抗力を強化する、すなわち適応限界内であれば、抵抗力を持った機構へどんどん変容しつづけます。わかりやすい例は、良く歩く人は骨格が構築され筋肉はスムースに働くようになるし、病気などで2,3週間臥床すれば立てなくなるほどに萎えてしまいます。
Case Study 6でみた Cervical traction による下顎大臼歯の圧下移動は、「抗性反応」のあらわれです。旺盛に咀嚼する人は下顎頭から Ramus にかけて成長し、咬合平面 (Buccal occlusal plane) も後方が徐々に降下してきます。Ricketts が “Reverse responce” と名付けた生体反応も、抗性反応の一例です。
バイオプログレッシブが、機械論的な解釋では到底わからないのは、この「抗性反応」をはじめとして「Principle of Compasation (歩み寄りの原理)」、「皮質骨と海綿骨の反応時間の差」、「形態と機能の相互関連」、「成長発育や経時変化といった個体の時間概念」などを、 Ricketts が縦横無尽に活用しているからです。
なお、
(1) 口蓋平面の降下にともなう下顎切歯の干渉を事前回避
(2) 口蓋を側方へ十分拡大して口腔環境の整備を図る
(3) Headgear の装着時間を 14~ 8 時間の夜間(就寝時)の装着を中心に使用する(日中は使わない)
(4) 症例の年齢や不正咬合の重篤度に応じて適切な力を加える
(5) 耳鼻科系の問題はあらかじめ解消しておく
‥‥等々の基本事項を守れば、High pull headgear や Cervical traction を Mesio~Brachy のⅡ級症例の治療に用いたとしても、 FXの開大はおおむね回避できます。そればかりでなく、口腔内環境がひとたび整うと、ポテンシャルとして内在していた患者固有の成長パターンが発揮されることが多くの症例で観察されます。
25歳の来院時にも歯列は安定。外傷で欠けた上顎前歯の切端はトリミングしました。エナメル質減形成の箇所は、レジン修復でかなり自然になるでしょう(写真 4)。