2019年11月1日
- Case Study 5 — Prediction & Treatment Design
Male Age 12, Mesio face, Class Ⅱ div.2, Deep bite, Crowding with 4 blocked canines. Flattened mouth with tight lip. FX=88°, Mandibular plane angle=23°, L1 to APo=-4mm, U6 to PTV=11 mm, Inter-incisal angle=143°, Lower lip to E-plane=-5mm, Four 3rd molars extraction, U-A and Segmented therapy, Therapeutic ideal, 4−4 Retainer.
いわゆる口元が引っ込んだ顔貌をした12歳の男児。Skeletal な問題は軽微で、顔貌はキリリとしています。呼吸の問題は認められません。上下左右の犬歯はブロックアウトされ、大臼歯関係はアングルⅡ級。下唇 (Quadratus inferior labii) は tight。(写真 1, 2, 3)
他の専門医で診てもらったところ、小臼歯4本抜去による治療方針を伝えられました。男児の母親は、自分の口元が平坦であるため、歯を抜くことで口元がさらに陥凹するのではないかと心配になり、Ricketts の診療所を訪ねました。
◎FXを開大させずに(=この症例では、「顔、とくに下顎の成長を医原的に損うことを回避する」の意味)、上下前歯を intrusion できるU-Aの術式が有効であると考えられます。
◎若年者の下顎智歯抜歯による矯正歯科治療の経験がないと、通常は尻込みしてしまうほどの難症例。下顎犬歯の萠出スペースはU-Aによって確保できるでしょう。しかし、臼歯関係の是正には、顎関節の成長を含めた下顎の Arcial growth を損なうことは是非とも避けなければなりません。
【治療計画】
受講者発表と、Ricketts の治療計画は、ほぼおなじ。
Rickettsの初診時の印象は、「これは抜歯例と考えられても致し方ないのでは?」。一方、あらゆる可能性を勘案し、患者の両親には「もし、上下左右の第3大臼歯(智歯)を抜去すれば、小臼歯 Non-extraction が可能となるでしょう」と治療の方向性を提示しました。経験値がものを言う場面でしょう。
抜歯に関しては下記に集約できます。
(1) 年齢と性別・顔貌・Facial type・骨格的問題が軽微・旺盛で安定した下顎アーク状成長が望まれる・呼吸や嚥下の問題が認められない。
⇒ 小臼歯抜去を行わずに、治療を完了できる可能性が高い。
(2) Arch length discrepancy で問題になるのは通常上顎よりも下顎であるが、Ⅱ級臼歯関係なので、上顎側方歯群も後方への移動を要する。
⇒ 下顎智歯のみならず、上顎智歯も抜去と判断。
(3) 下顎前歯の intrusion と advancement の反作用で、下顎第2大臼歯が智歯の下に埋伏するおそれがある。
⇒ 下顎智歯の抜去指針の確定 (Case Study 1 参照)。
(4) 下唇が遺伝的に tight であるが、口唇・頬・舌を含む口腔諸筋群がもともと安定している。
⇒ 小臼歯抜歯回避の可能性、長期の歯列保定を図る上で下顎智歯の抜去はやはり必要。
結論として、上下左右の智歯の抜去、上顎U-A(Cervical ligation)にて上顎前歯を advance させ、下顎U-Aにて下顎前歯を intrusion かつ advance。それらの反作用で上下の大臼歯は遠心傾斜を伴いつつ遠心へ移動。さらに上顎側方歯群をⅡ級顎間ゴムにてセグメントに遠心へ移動、上下の歯列をととのえる。
方向性としては明快です。
長期成長予測 (VTG) は、7年で製作し、PPF にて実現の可能性を確認、治療開始の運びとなりました。
【治療経過】
(1) 上顎U-Aを用いて上顎切歯の唇側傾斜移動を開始、それに追従して下顎前歯がわずかであるが唇側へ移動。上顎前歯唇面に対して下唇が覆い被さるⅡ級2類症例なので、U-Aの Vertical portion を徐々に伸ばし(intra-oral adjustment)てゆくと、上顎第1大臼歯は遠心へ傾斜移動。
(2) 下顎の Open U-Aで前歯を intrusion。被蓋が深いので Cervical ligation にてワイヤーを歯面に留めた。下顎第2大臼歯は、前歯への力の反作用として、第1大臼歯に押されつつ、智歯の歯冠を摘出したスペース(余腔)へ遠心移動 (写真 4)。
下顎第2大臼歯近心に新生骨(幼若な骨)がパントモ上で認められた。実際の変化の確認です。 なお、上顎側切歯の歯根遠心に引っかかっていた犬歯が、スペース獲得にともなって萠出、側切歯の遠心にも歯槽骨が再生しました。本所見は、臨床上きわめて重要です (写真 5)。
(3) 上顎犬歯が萠出してきたら、上顎に Buccal segment を装着、Ⅱ級顎間ゴムでセクションに遠心へ送りました。その際、あえて上顎第2大臼歯にバンドを装着しませんでした。Spee curveに沿った上顎第2大臼歯のコントロールは難しく、バンド(または Direct bond bracket)を付けない方が、余程の異常な場所に萠出していないかぎり、治療のマネージメントにも有利であったからです。もちろん必要に応じて、バンドや Direct bonding で歯牙の動きを制御すれば良いでしょう。
(4) 側方歯群の Overcorrection が終ったら、ループ付きのワイヤーで細部の仕上げを行い、Ideal arch、そして保定処置へ移行しました。
(5) 下顎歯列の保定は、第1小臼歯のバンド保定 (4-4 retainer)。19歳、正貌セファログラム側貌セファログラムの最終資料を採取。(写真 6, 7, 8, 9)
19歳時の側貌写真では、下唇は E-plane より 4 mm 後退し、白人男性として自然な顔貌となりました。(写真 8)
【日本人症例】
Case Study 5 は、日本人症例へそのまま適用することは控えるべきでしょう。
人種差、性別、呼吸、Facial タイプ等々の差違があるからです。
参考までに、左右上顎第2小臼歯、下顎智歯を抜去した症例を並記します(写真 10 – 19) 。
下鼻甲介後方が大きく、著しくアデノイドと近接 (写真 13) しており、鼻閉が認められました。 FX=80°、上下顎骨の前後関係を是正するOrthopedicな変化を行う年齢限界を、すでに過ぎています。
下顎前歯を唇側傾斜させることなく(=顔貌を損なうことなく)叢生が解消し、比較的に口唇はLooseであるにもかかわらず、下顎大臼歯は智歯抜去部を埋めるように遠心へ移動しています(写真 17)。
しかし、Sever dolicho かつ呼吸の問題が潜在する症例では、当然ながら、小臼歯4本抜去に加えて下顎智歯も抜歯せざるを得ない場合が少なくないことも、付け加えておきます。